昨日のブログで…
「障害や病が、気付かせてくれる事は大きい」
と書いたが…
じゃあ…
その気づきとは何…?
もう一度、見つめ直してみたい。
2才の長男が「自閉症」だとわかった時…
自分の中にある「差別意識」を自覚させられた。
思い込んできた「よい人である自分」は、ガラガラと崩れて行った。
遠い世界であり、興味もなかった「障害」
本当にそんな思い荷を、息子と共に、生涯背負って行くなんて、耐えられないと思った。
でも、目の前にいる息子は可愛い…
つらい現実でも、対峙して行くしか道はない。
幼少期の息子は多動だった。
目を離すと、スグいなくなる。
迷子になっても、自分の名前すら言えない。
すぐに、キーキー泣きわめく。
憐憫、蔑み、好奇の視線、舌打ち、罵声、
耐える、謝る、
そんな日々だった。
毎日、一緒に勉強した。
諦めずに、くり返しくり返しやって行くうちに…
ある日、突然、できるようになる。
その喜びは、言葉にできない。
人というものを、自分の物差しで判断してはいけない。
いろんな人がいる。
だから、面白い!
完璧な人なんていない。
みんな、よい所、ダメな所を抱えている。
だから、いい!
互いに支え合える。
息子を育てて行く中で、そんな事を学んだ。
持病の「癌」も「潰瘍性大腸炎」も大嫌いだ!
でも、息子の「障害」と同じように、変えられない現実なら、対峙するしかない。
そこから、見えてくるものを大切にしたい。
みんなそうでしょう…?
「末期癌」の人達…
迫ってくる「死」が怖いけど…
そのおかげで、日々感じる事ができる。
時が…家族が…命が…愛おしくてたまらない。
どんなに、家族を愛しているか…
胸が苦しくなる。
残して行く家族が、幸せに続いて行ってくれるなら…
ウソじゃない、私は、百回死んでもいいよ
家族だけじゃない
名もなく、毎日、がんばっている人達が、報われる社会であって欲しい
それぞれの笑顔が、当たり前の日々が、平和に続いて行って欲しい
だって、私もそこに生きていたから…
これまでも、今も、幸せだから…
裕子