新型コロナの昨今、道に迷う方がおられ
そんな方が
たまたま、ここに来られた時に
良くも悪くも、考えるきっかけなればと思い記します。
残念ながら、今のマスコミは扇動するニュースばかりです。
よく聞く言葉が、コロナ疲れ、我慢の限界
または、省庁の方の大勢の飲み会をしたから自分達も
などなど、よくテレビから聞こえてきます。
そう思われる方は、そうすればいいし
そう思われない方はそうしなければいい
苦しい思いや、死にたくなければ
やることをやるだけ、それは我慢でも、疲れる事でもなく
生きる道なのです。
よく、人間の思考には天使と悪魔が居ると表現されます。
人は、誰かと会話しなくても自分の中で
感情の自己と冷静な自己がとめどなく会話をしているのを
経験していると思います。
独り言もその一つです。
常に、二人の自分か会話をしています。
ここまでは、言われてみればと思い当たることがある方も
多いと思います。
これからは、個人の経験ですので違う方も居られるかもしれません。
自分の中に3つの自己があります。
天使の自己と悪魔の自己と中庸の自己。
中庸の自己を表出させ育てて行くことで
トマスの福音書に、こう書かれています。
イエスは言われた。”あなたがたが、あなたがたの中に
それを生み出すならば、あなたがたが、持っているものが
あなたがたを救うであろう。
あなたがたがあなたがたの中にそれを持っていないならば、
あなたがたがあなたがたの中に持っていないものが
あなたがたを殺すであろう。
仏教で言うことの四諦・八正道を理解して行きやすくなります。
今こそ、自明灯、法明灯が必要なのかもしれませんね。
自明灯、法明灯とは、以前にブログにしたものを引用しますね。
心はどういうわけか放っておくと、暗い考えに偏ってしまいます。
ですから、意識して常に自分の心に明かりを灯すように心がけなさい。
自明灯とは、自ら灯をつけて生きて行きなさい、ということだそうです。
自分の足できちんと歩き、自らの心の中に灯を灯しなさい。
自分の心の中に灯がない人は、
自分自身を照らせないことはもちろん、 他の人を照らすことはできません。
人様の灯りに頼ろうとせず、 自ら進んで灯してあげようという
気持ちが大事なのです。
自分で考えて
自分で感じて
自分で体験して
心におとす。
釈尊はこれまでに「法」(真理)を残り無く多くの人に区別なく説きました。出し惜しみしたり、秘伝としてしまいこんだものはない。
誰にでもその教えを説き、それは万人に開かれた教えでした。
「法」を、具体的な釈迦の教えでいうと、諸行無常・諸法無我・涅槃寂静
は、自然の法則というより、宇宙の法則というべきものですね。
自然(真理)にそくして生きることが法明灯なのです。