光と再び一体になるためには、その前に暗闇と一体になる必要があります。滅びていく自分、現在のパーソナリティーをつくって、その結果、最も暗い面であるエゴイズムをつくります。
 エゴイズムなくして、私たちはこの地球で起こる全ての不運、災難、病気、苦痛などの原因を学ぶことは出来ません。しかし、一度エゴイズムを無くすと二度と、痛みを感じることはありません。
 多分、誰かが苦しんだり、痛んだりしている時、その人に対して哀しみを感じることはあるでしょう。エゴイズムは私たちの魂から私たちを引き離しています。私たちのスピリチュアルな進歩にとって最初のステップも最後のステップも、このエゴイズムをなくすことなのです。そしてそれは内省と正しい考えでマインドを使うことによって出来ます。
 永遠に終わることのない光と暗闇の奮闘の物語は、どんな絵の中にも見られる様に、この二つを切り離すことは出来ません。
 実際に暗闇はすなわち光であり、祝福されたものであると悟ったとき、私たちは背後にある創造主の深い知恵に感嘆するでしょう。そのことを理解できない限り、私たちは神聖なる計画の全体図を決して見ることが出来ません。
 日常生活で経験する全てをエッセンスとして抽出すると、どうなるでしょうか? コンセプト以外に私たちが学ぶべきものがあるのでしょうか?
 暗闇と光が一つの中にある二面性であるように、一つのコンセプトには必ず、コインの表裏を持っています。暴力から始まり、愛に至るコンセプト。プライドから屈辱に耐えたり、謙虚になること、偽りから正直になることを学ぶコンセプト。
 最初、私たちは各々のコンセプトが何を表しているのか学び、次にそれをどのように使うかという能力を得ます。私たちはこれらのコンセプトを苦難の末に学び、もう一つの面を切望しながら、やっとそれを再発見します。
 そしてそれらを一つのものにしてマスターするのです。誕生—死—再生、大変長く苦難を伴う旅です。どのようにして、マインドを正しく使うか認識できるようになるまでに非常に長い時間がかかります。そしてそれは個人の努力によってのみ達成することが出来ます。 どんな師もグルも私たちをそこに運んでくれないのです。
 人生という注意深く計算されたレッスンだけが私たちをそこに運んでくれます。