聖マリアには「天のマリア 」と
「地のマリア」があると云う区別さえ分かっていないとも云えます。
これはグレート・マザーの現象論になるのですが
「地・自然・肉体・感性の太母」に対し
「天・霊・精神・知性・智慧の太母」の対があるのです。
男性は「精神・理性」で、女性は「感情・肉体・自然」だと云うのは
男性的社会における妄想なのです。
女性の「精神・智慧・霊性」と云うものは厳然と存在し
これは男性優位社会にとって不都合なので、これを抑圧したと云うのが正しいのです。
けれども抑圧しても、「地のマリア」にしておいたはずが
聖マリアの「霊性・精神性」は自ずから自己を現し、遂に二十世紀半ばにカトリック教会は
「聖マリア被昇天の教義」を認めざるを得なくなったのですし
別にこの教義以前から、聖マリアは「天のマリア」だと
カトリック教信徒の多数の人々は、自明的に考え信仰していたのです。
「地のマリア」があると云う区別さえ分かっていないとも云えます。
これはグレート・マザーの現象論になるのですが
「地・自然・肉体・感性の太母」に対し
「天・霊・精神・知性・智慧の太母」の対があるのです。
男性は「精神・理性」で、女性は「感情・肉体・自然」だと云うのは
男性的社会における妄想なのです。
女性の「精神・智慧・霊性」と云うものは厳然と存在し
これは男性優位社会にとって不都合なので、これを抑圧したと云うのが正しいのです。
けれども抑圧しても、「地のマリア」にしておいたはずが
聖マリアの「霊性・精神性」は自ずから自己を現し、遂に二十世紀半ばにカトリック教会は
「聖マリア被昇天の教義」を認めざるを得なくなったのですし
別にこの教義以前から、聖マリアは「天のマリア」だと
カトリック教信徒の多数の人々は、自明的に考え信仰していたのです。