キリスト教に興味をもったのは
スティグマータ聖痕と言う映画を見てからです。
それまでキリスト教に対して良いイメージはありませんでした、マザーテレサは別ですが
十字軍とか魔女狩りとかあとグレゴリアンの姿が怖かったり、歌は好きなんですが
それで映画ん見てからグノーシスのナグハマディの写本を読んだりしたら、なんとなく腑に落ちて有名な言葉で
「トマス福音書」では、トマスがイエスを認めるや否や、イエスはトマスに向かって「私はあなたの先生ではない。」と言い、私はあなたと同じ泉から知恵を授かった存在であり、あなたと私は対等にして同一の存在である、と言い切る。
「トマスの福音書」のなかのこの一節です。
「イエスは言った、『あなた方があなた方の内にあるものを引き出すならば、あなた方が引き出したものがあなた方を救うであろう。あなた方があなた方の内にあるものを引き出さないならば、あなた方が引き出さないものがあなた方を殺すであろう』」

「木を割りなさい。私はそこにいる。石を持ち上げなさい。そうすればあなたがたは、私をそこに見出すであろう」

これを読んでなんとなく腑に落ちたんですよね。

話は変わりますが
長崎で殉教された26聖人は、京都の一条戻り橋が出発地点なんですよ。
陰陽師の安倍晴明で有名な橋なんですが実はキリスト教も深い関係があるんです。
耳と鼻を削ぎ落とされて長崎まで歩いて行ったそうです、中には、12才の子供も居ました。

その原因は、仏教とキリスト教の宗教の争いとキリスト教の一部が日本人を奴隷として売買したことです。