ダスカロスの教えの見出しにグノーシスとあります。

キリスト教信者には敬遠される見出しですが(ToT)
グノーシスについてちょっとだけ

グノーシス(gnosis)とは「知識・認識」を意味するギリシャ語(英語の know の語根)です。

グノーシス神話に共通の特徴
(1) 人間の知力をもってしては把握できない至高神と現実の可視的・物質的世界との間には超え難い断絶が生じている。
(2) 人間の「霊」あるいは「魂」、すなわち「本来的自己」は元来その至高神と同質である。
(3) しかし、その「本来的自己」はこの可視的・物質的世界の中に「落下」し、そこに捕縛されて、本来の在り処を忘却してしまっている。
(4) その解放のためには、至高神が光の国から派遣する啓示者、あるいはそれに機能的に等しい呼びかけが到来し、人間の「自己」を覚醒しなければならない。
(5) やがて可視的・物質的世界が終末を迎えるときには、その中に分散している本質は至高神の領域へ回帰してゆく。

ちょっと難しいですが。

なぜグノーシスがキリスト教に嫌われ抹殺されたのか
当時のキリスト教に問題があり、キリストを盲信させるためで、その為にグノーシスの祖トマスを貶めて不信のトマスと蔑む行為にでましたトマスは、イエスの復活を聞いて「わき腹に槍の跡を見てそこに指を入れてみなければ信じない」と言ったことから、「不信のトマス」と呼ばれている

その内容が

そこでキリストが
トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

この聖書の文によって、グノーシスは迫害され、書物は全部破棄されたようにおもったが近世にエジプトのナグハマディーでトマスの福音書が発見された。

正にキリストの言った「隠されたものは現れるであろう」
その言葉通りとなりました。

一番の問題は、グノーシスの意味です。
知識、認識となっていますが、ダスカロス曰く
経験や体験したものが知識である。
そう言ってます。
そして、知っていることを知ってると言え、知らないことを知らないと言えるのが、知っていることになる。

キリスト教がグノーシスを迫害したあとは、ご存知の通り、十字軍や魔女狩りへと負の過去を背負うことになります。

再度、重要な事を書きます。

知識とは、本を読んだり、人から聞いたことではなく

自らが体験や経験したことを知識といいたす。

知識を持った人は
自分で考えて自分で判断する。
これによって他人に責任転嫁することはなくなります。