今日は年間第4主日でした。
2つのポイントがありました。
・心で信じる
・謙遜になる
です。
神様は賢い人にだけ、
聖書を示したのではないです。
誰もがわかるよう、
心で理解できるように示してくださいました。
聖書は頭だけ、知識だけでなく、
心で感じて、信じることも大事です。
聖書の中の悪魔も
聖書のことをよく知っていました。
知識が豊富でしたが、
心がありませんでした。
私達は心で感じ、理解することも
とても大切です。
イエスは謙遜な人でした。
第一朗読の聖書にあるように、
イエスはたかぶることなく、
ろばに乗ってやってきた人で、
ただの大工さん、庶民的な人でした。
イエスは謙遜な人でした。
私達も謙遜になること大切です。
そして、
私達は、
洗礼を受けた後でも失敗してしまうこと、
思い、行いにおいて、
罪を犯してしまうことがあります。
でも第二朗読の聖書にあるように、
復活することができます。
永遠の命が与えられてます。
私達には、毎日いろいろなくびきがありますが、
イエスのくびきは負いやすいです。
謙遜して、イエスのくびきを負いましょう。
そうすれば、安らぎがあります。
私達が謙遜して、
イエスのくびきを負えるよう祈ります。
今日のお話は以上のような、内容でした。
外国の神父様で、
日本語は上手なのですが、
やはりこれは仕方ないことですが、
時折たどたどしくなるので、
私の理解もたどたどしくなり、
聞いたお話を、
うまく文脈として
説明しづらい時もありますが、
だいたい、こんな感じの内容でした。
ミサが終わった後に、
神父様とお話できました。
司祭職について、お話を聞けました。
日本はキリスト教文化が根付いていないので、
司祭として、なかなか、たたかうこともあるのだそうです。
日本でキリスト教の司祭をするのは、
大変なことですね。
そんな中で教えてくださる司祭様に感謝です。
あと、
英語のミサにも出てみるといいよ、
と勧められました。
英語ミサはとにかく元気で楽しいみたいです。
日本はキリスト教はお年寄りが
比較的に多いのですが、
海外はキリスト教文化が根付いているので、
若い人もたくさんいるそうで
聖歌も海外っぽくて明るい雰囲気で
元気で楽しいみたいですよ。
あと、
日本でキリスト教を信じることについても
お話できました。
日本はキリスト教文化が
根付いていないので、
社会の中にいると、
キリスト教を継続して信じることが
なかなか難しくて、
日曜に来なくなる人も多いのだとか…
あと、仮に継続して日曜に来ても、
社会的にキリスト教が根付いていない為に
なかなかキリスト教の考えが浸透しなくて、
日曜だけはキリスト教の考えになるけど、
元の社会生活に戻ると、
キリスト教の考えが頭から抜けちゃう人も多いのだそうです。
家族や先祖がキリスト教を信じていると、
比較的にそんなこともなく、
キリスト教の考え方が個人の中に根付きやすいみたいですが、
家族や先祖がキリスト教を信じていなくて、
そこからキリスト教の考えを毎日しようと、
信仰を持とうとする人は、
なかなかそれを継続することが
難しく、たたかうことがあるのだそうです。
日本の社会や文化に引きずられ、
影響されて、
信仰を保つ、深める、のが
難しいんですね…。
以前聞いたことがありますが、
日本は、キリスト教にとっての
エベレスト…なのだそうです。
それだけ、信仰を広めたり、深めるには、
難しい国なのだとか…。
そんな国に来て、
司祭職を日々行ってくれてる方々に
感謝の思いでした。
