今 私は人生において最大の困難に立ち向かっています。
最後の砦とも言えるような 私の魂が自ら選んだ困難を 何とか受け入れようとしています。
私は苦しみを味わうべき状況を 何故 自分自身で作り出してしまうのでしょうか?
私は幸せになるために 何故 その困難を生まれる前に選んできたのでしょうか?
私は普通であることを願っているのに 何故普通に生きることから遠ざかってしまうのでしょうか?
その答えは 必ず自分自身の中にあります。
その答えを 知らされるときが必ず訪れます。
しかし、このドンヨリとした苦しみや不安から1日でも早く抜け出したい気持ちが本音であり、
抜け殻のような時間が自分自身を新しいステージへと導いてくれるチャンスであるということを 心のどこかで待ち望んでいる本当の自分自身がいます。
タイトルにもある 普通 とは 特に変わっていないこと ごくありふれたものであること 当たり前であるのこと という意味があります。
自殺をした私の兄は 普通であることを願い 普通になることを目指し 普通の人間として生活をしていけることを いつも私に伝えていました。
今の私は 兄と同じように普通であることを願い 普通になることを目指し 普通の人間として生活をしていける という想いが湧き上がっています。
そんな想いが湧き上がるということは 自分自身が今現在 普通ではない ということを表しています。
普通ではない ということは 特に変わっていること ありふれていないこと 当たり前ではないこと を意味しています。
普通ではない状況のとき その現実を受け入れられずに 自分の中でフタをするか
または 自暴自棄になるか または 自業自得だと自分を責めるか または 目に見えない存在 (ご先祖様や神様) に問いかけるか ということを 以前から私自身はしてきました。
今回も 普通ではない状況に陥った瞬間 頭が真っ白になり、体が浮いた状態になり、周囲と自分自身が分離した感覚にとらわれ 自分の理性を保つことができませんでした‥。
そんなとき 私は善悪を何も考えずに 本能的な行動として 自分の中に在る神様(内在神)に対して 問いかけをしていました。
私は苦しみを味わうべき状況を 何故 自分自身で作り出してしまうのでしょうか?
私は幸せになるために 何故 その困難を生まれる前に選んできたのでしょうか?
私は普通であることを願っているのに 何故普通に生きることから遠ざかってしまうのでしょうか?
私の中に湧き上がってくる言葉は 救いを求める気持ちと助けてほしいという気持ちが混雑していました。
すると すぐに気づきのメッセージが私自身の中で湧き上がりました。
その気づきのメッセージの内容として
普通ではない状況や普通ではない自分を自分自身が選択してきたことをまず受け入れる。
内容は異なるが 何度も繰り返すことで自分の人生を深めることができ、毎回 気づきの学びが起きるからこそ 生きることの大切さを心に刻み込むことができる。
普通ではない状況や普通でない自分 とは 人生を深めることができる気づき(自己成長)が 大きいということになる。 反対に 普通(一般的) イコール 気づき(自己成長)が少ないということである。
そして 何よりも大切なことは 神様 仏様 は 私たち人間を救う(助ける)ために存在していないということである。
神様 仏様 は 人間と一緒に歩くことや 歩み寄ることはできても 自分自身で選んできた自分の命(運命)の重みを ちゃんと理解しているからこそ 人間を甘やかすようなことはできない。
甘やかすことができる存在は もうすでに周囲にいたり 自分の中にいるからこそ 他人事ではなく 自分のことのようにとらえ 同じ目線で 同じような苦しみを感じ 同じように痛みを分かち合い できるだけ側にいて見守ってあげたいと 切に想うのが 神の心 仏の心である。
神様 仏様が側にいること 見守っている ということを 感じられたとき 神の心 仏の心に 触れられたとき
人間の心に巣くう 悪魔(苦しみや不安)は消え去り 消え去ることで 自分自身が生きるために選んできた魂の役目に専念をすることができるようになる。
何かのせいで 自分のせいで 他人(家族)のせいで 苦しみや不安が生じて心が嘆いているうちは まだまだ 本来の役目や魂の役目に 到達していないことを意味する。
自分自身の本来の役目 魂の役目に 近づけば近づくほど 心に巣くう苦しみや不安を自分の手(愛)でコントロールをして 払拭することができるようになる。
何かに支配&洗脳をされず どんなときも 本当の自分をさらけだし 自分のチカラで抜け出し 自分のチカラで気づく(自己成長する)ことができる。 自分の内なる存在とつながり 心の声を聞いてあげることで 自己成長(気づき)のスピードが加速する。
以上のようなことがメッセージとして 私自身の中で湧き上がりました。
私たち人間が存在する理由の1つとして 自己成長があります。 魂の成長です。
普通ではない状況や 人に言えないこと 人と違うこと 障害があること 病気があること 苦労があること などを含めて すべて 自分自身の気づき(自己成長)のために 自分自身が生まれる前に設定した困難や不幸が そこにはあります。
地球(この世)は 私たちが成長するために用意された場所であり、用意された環境であり、用意された真実(愛)がある ことを素直に受け止められる心の器があれば
起きうる どんな苦しみも 困難も 不幸も乗り越えていけるのではないか と私は自分の困難を目の前にして あらためて感じています。
そして 神様や仏様は 何かを与えてくれるわけでもありませんし 救ってくれる 助けてくれる存在 という 概念(思い込み)を一気に外してくれるメッセージでした。
与えてくれる 救ってくれる 助けてくれる人が 自分にとって良い存在ではあり
与えてくれない 救ってくれない 助けてくれない人が 自分にとって悪い存在であるということはありません。
自分の中での良い 悪い という善悪の判断を超えて 上下関係 優劣関係 を超えて 物事の概念(思い込み)を外すことができたとき あるがままの自分自身に気づき もっと自分に素直になれて もっと自分を愛せて 生きていけるのだと 私は思います。
普通ではない状況(環境)を自分の心で受け入れることができたとき
普通ではない自分自身を 自分の心で受けれ入ることができたとき
普通ではない状況(環境)を自分の心が許せることができたとき
普通ではない自分自身を 自分の心が許せることができたとき
普通ではない状況(環境)を自分の愛で包み込むことができたとき
普通ではない自分自身を 自分の愛で包み込むことができたとき
他人(周囲)や状況(環境)を変えることができませんが、自分自身の中には変化が湧き起こると思います。
その変化こそが 自分の魂が求めている答えであり、自分が生まれる前に選んできた幸せ(喜び)の1つであると 私は思っています。
自分の思い通り (予想通り) にいかないほうが 人生は面白い! って 心から想えたとき 枠に縛られずに 型にはまらずに 自分の人生を思いっきり楽しめるのではないか と 今回の出来事で痛感させられました。
今は苦しみも不安も心の内にありますが、そんな自分自身を好きになれて あるがままのすべてを受け入れられるようになるまで 無理をせず 今日も明日も大切に生きていこうと思います!
今日もありがとう ^0^/
佐久間 裕樹