祝別 "Consecration" is used in the Catholic Church as the setting apart for the service of God of both persons and objects.
オリーブの木のロザリオ 次回のミサ前に祝別していただこう。車は毎回購入時すみやか
に必ず司祭に祝別をお願いしています。家も家具も・・・と言いたいがそこまではしてないです。
パンと葡萄酒の聖別とは違うことは分りますが、よくこのことを知るのは大切なつとめです。


なお、10月が「ロザリオの月」となったのは、
1571年10月7日
「レパントの海戦」で、オスマン帝国に対する勝利が
当時の教皇の呼びかけに応えて、世界の教会が唱えて
いたロザリオのおかげとされたので、レオ13世教皇は
10月を「ロザリオの月」と定めたのです。
1571年10月7日
「レパントの海戦」で、オスマン帝国に対する勝利が
当時の教皇の呼びかけに応えて、世界の教会が唱えて
いたロザリオのおかげとされたので、レオ13世教皇は
10月を「ロザリオの月」と定めたのです。
レパントの海戦(れぱんとのかいせん) [ 日本大百科全書(小学館) ] より
1571年、ギリシアのコリント湾レパントLepanto(現在のナウパクトス)岬沖で、
オスマン帝国と神聖同盟(リーガ・サンタLiga Santa)諸国の艦隊の間に行われた
海戦。オスマン帝国皇帝セリム2世は、オランダ独立戦争、スペインのイスラム
教徒反乱、フランス宗教戦争などのヨーロッパ情勢にかんがみ、西方への進出
を企て対イタリア戦争を決意、1570年キプロス島を占領した。
このため、東インド航路の発展によって衰色をみせていたイタリア諸都市は、
大いに脅威を感じて教皇ピウス5世に訴え、教皇はスペインとイタリア諸邦に
呼びかけて、この年神聖同盟がなった。同盟の中心、スペインのフェリペ2世は、
ドン・フアン・デ・アウストリアDon Juan de Austria(1547―78)を司令官として
艦隊を編成、トルコ艦隊と戦わせた。
オスマン帝国と神聖同盟(リーガ・サンタLiga Santa)諸国の艦隊の間に行われた
海戦。オスマン帝国皇帝セリム2世は、オランダ独立戦争、スペインのイスラム
教徒反乱、フランス宗教戦争などのヨーロッパ情勢にかんがみ、西方への進出
を企て対イタリア戦争を決意、1570年キプロス島を占領した。
このため、東インド航路の発展によって衰色をみせていたイタリア諸都市は、
大いに脅威を感じて教皇ピウス5世に訴え、教皇はスペインとイタリア諸邦に
呼びかけて、この年神聖同盟がなった。同盟の中心、スペインのフェリペ2世は、
ドン・フアン・デ・アウストリアDon Juan de Austria(1547―78)を司令官として
艦隊を編成、トルコ艦隊と戦わせた。
作家セルバンテスも参加したこの海戦は、神聖同盟側の有利のうちに終わった。
スペインの黄金時代を象徴する一戦であったが、また奴隷漕手(そうしゅ)を
主力とする大海戦の最後でもあった。
スペインの黄金時代を象徴する一戦であったが、また奴隷漕手(そうしゅ)を
主力とする大海戦の最後でもあった。
今朝は昨夜からの強風の跡が残る 秋雨の一日です こんな歌が相応しいように想います。
「雨」の歌詞です。
(作詞:高野喜久雄)
降りしきれ 雨よ 降りしきれ
すべて 立ちすくむものの上に
また 横たわるものの上に
降りしきれ 雨よ 降りしきれ
すべて 許しあうものの上に
また 許しあえぬものの上に
降りしきれ 雨よ わけへだてなく
涸れた井戸 踏まれた芝生
こと切れた梢 なお ふみ耐える根に
降りしきれ そして 立ちかえらせよ
井戸を井戸に 庭を庭に 木立を木立に 土を土に
おお すべてを そのものに
そのもののてに
(作詞:高野喜久雄)
降りしきれ 雨よ 降りしきれ
すべて 立ちすくむものの上に
また 横たわるものの上に
降りしきれ 雨よ 降りしきれ
すべて 許しあうものの上に
また 許しあえぬものの上に
降りしきれ 雨よ わけへだてなく
涸れた井戸 踏まれた芝生
こと切れた梢 なお ふみ耐える根に
降りしきれ そして 立ちかえらせよ
井戸を井戸に 庭を庭に 木立を木立に 土を土に
おお すべてを そのものに
そのもののてに