


1990年、ミシンの発明200年を記念して、日本家庭用ミシン工業会が制定。
イギリスの産業革命時である1790年、トーマス・セイントが世界初の
裁縫機械の特許を出したのがミシンの始まり。
生まれた時、昭和25年(1950年)にはTVは家には当然なかったが、ミシンはありました。
足踏みのけっこう騒音のするミシン。 父が和裁士だったから・・・
電動式にかえたのは1975年だったと今思い出しています。
引退するまで、和裁士の必需品でありました。
ヘラは三味線の撥を分解して使っていたので、特大サイズでしたし、重しも錆びた重たい鋳物を新聞紙に巻いて
使用。糊はご飯を竹のヘラで練ってその都度、用いていました。
和裁くけ台は裁縫版にクランプで取り付けるものを、アイロンは古びた雲母の電熱線のタイプ小ぶりの物を
その他、裁ちばさみ、尺、ガラスの笠の裸電球・・・笠がついてるからいわゆる裸電球じゃないけど、
食卓の上と仕事の裁縫版の上を行ったりきたりする可動式だった。(もちろん手動ですが。)
まだまだいろいろ小物が揃った仕事場は畳2畳分だった。
真空管ラジオが傍にあり、後にTVはあったが、窓に反射した画面をときどきチラッと見ていたっけ。
物騒なことに、待ち針を胸に刺しており,
いつも市販のありふれた真鍮製の黄金色?の
指貫を中指に装着していました、外出時もそのままの時さえありました。
ご近所の人が来ても、お茶を脇に仕事の手を休めず 会話してました。
ミシンの日 達者な頃の父を想い出した。実家の光景がなつかしいが今は廃屋。