
声をかけたんじゃなく、向こうから訪ねられました。
つまりテーブルの上に沢山あるしおり、パンフレット
棚には聖歌集に子供のミサの本や歌集で
どれを手にして席に着けばいいのか戸惑っておられた。
これとこれですと手渡し、通りかかったアルマンド神父さまにその旨
伝えたら、神父様はだれか案内できる人を探してキョロキョロ・・・・
これが外国人の方ならものすごく親切なんです。
祈りは単独でも気軽に誰でも聖堂に入ってできるのだが、ミサともなると
教会の宗教典礼は信者だろうとある特殊な雰囲気には面食らう事は在るも
のです。だから神父に初めてのかたですがと知らせました。他人に振らず
自分ですればよかったのにと後からすこし反省しました。お告げの鐘を
鳴らす時間が迫っていて余裕を失っていただけですが。申し訳ないこと
でした。
因みに、8時の子供向けのミサの後の次の10時のミサならばいつも婦人部が
何名かはドア前に立ち案内します。
かように、大きい規模の教会でもありませんが、初めての来訪者には
聖堂内の雰囲気はちょっと不親切な感じは否めません。
何度か通う内に顔見知りになり、教会の人々や神父様と世間話が出来るよ
うになるには、ちょっとした周囲の気遣い。聖霊の助けもしくはご本人の
小さな勇気がいるのかも・・・・。初めて知らないとこへ来るのは大きな
勇気と好奇心?がどんな場合にも要りますよね。
かくしてミイラ取りがミイラになった???私の場合を思い出させてもら
えた出来事でした。今日は 主の洗礼 ミサのテーマでした。
水と血と聖霊による洗礼の意義ついてに心を合わせ朗読を聴き考えました。
イエスが30才のころ洗礼者ヨハネから洗礼を受けたことを想いつつ
祈りました。
今日は持者が白い衣で普段より多く大勢祭壇脇に立っていたので異様な光景
に見えたことでしょう。祈りも口語文語体のごちゃ混ぜだしね。