
顔の黒い羊があちこちに餌の草を食んでいる牧場の長閑な絵でございます。
一見、荒涼とした原っぱには見えますが、豊かな牧草に囲まれ遊ぶ羊がそこかしこにいます。
時事通信社:
長崎は9日、63回目の原爆の日を迎えた。長崎市松山町の平和公園では「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、福田康夫首相らが参列して犠牲者の冥福を祈り、核兵器廃絶の決意を世界に発信する。
また長崎市内では、浦上天主堂など各所で追悼行事が行われる。
式典では、田上富久市長らが7月末までの1年間に死亡が確認された被爆者3058人の名前を記した原爆死没者名簿3冊を奉安。原爆投下時刻の午前11時2分、鐘の音に合わせて黙とうをささげる。(2008/08/09-00:19)
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その一方、テロの心配を抱えつつオリンピック開幕で賑わう今日。セレモニーが執り行われます。
既に一般的な儀礼文として冥福とか祈りとか極、自然にマスコミでも用いているし誰もが話します。
宗教観の隔たりがなく、そんな言葉尻に囚われたくもないからかも知れません。
愛という根本的な意味合いが、仏教では慈悲であったりしてもそんなに混乱はないのが日本人であり、
また無宗教ゆえの大方の世間一般の表現の仕方作法、生き方なのでもありましょう。
混乱は無いとは云えない、コンガラガッタ思想に惑わされてるか、無垢であるかは自分がよく
知ってる筈ではあります。成長途上かもしれませんが。
だってキリスト教だって随分な表現していますもん。
「イエズス会宣教師が見た日本の神々」(2007.7青土社)は1549年(ザビエル上陸)から
江戸初期までに書き送った報告書で、宣教師(専門家)が当時の日本の神仏の系譜を伝えている。
現代と変わらないのに驚くが、神や仏は「悪魔」と記述されている。
悪を退けなさいとは云いますが、日本では悪は強いものの象徴でもある雷や鬼の顔でも涙は見せます。
なぁんてこと思いつつ、
私も世間一般の一介の庶民として、一度は長崎・ナガサキを尋ねておかねばと思います。
記憶が薄れていく・・・というより、あまりにも知っていないと自覚している状況が今の私です。
ナガサキやヒロシマ と表現するときは原爆被災・被爆した土地名を強調してることを意味する
そうです。何時からなのかは不明。63年は経ってることは分かっているのに・・・。
広島に家族旅行で一泊したことは一度だけあります。 長崎へは未だ訪問しことがありません。