
放棄(箒)しないで観てみることにしませう・・・・・
孫悟空の筋斗雲についての
東北経済産業局 産業部長 栗原 和夫 氏の所感より以下↓丸写し。
2004年はサル年である。新年の挨拶でも干支のサルにちなんだ話をする方が多かった。何年か前に聞いたサルにちなんだ話であるが、たいへん印象に残った話なので紹介したいと思う。誰もが知っている「孫悟空はなぜ新しい世界に行けなかったのか」というエピソードについて考えてみた話である。
ご存じのとおり、孫悟空はサルの世界のスーパーモンキーである。ある日、孫悟空は愛用の筋斗雲に乗って世界の果てまで行ってきたと思っていたところ、実はお釈迦様の掌すら出ていなかった。では、なぜ孫悟空は新しい世界に行けなかったのであろうか。実は、行けなかったのではなく、行こうとしなかっただけなのである。行けたのにもかかわらず。その原因は二つあった。
一つは、孫悟空はお釈迦様の5本の指は世界の果てにある柱であって、その外には何もないと思いこんでいたことである。孫悟空にとって世界とは自分が確認できる範囲だけで、柱の外にも世界が続いているとは思いもよらなかったのである。新しい世界といってもこれまでの世界と断絶しているわけではない。せっかく指の付け根まで行っていたのであるから、指の隙間からちょっと外を覗いてみようとさえ思えば、新しい世界の存在に気づいたはずである。
もう一つは、指の間隔が筋斗雲より狭かったので筋斗雲から降りなかったことである。筋斗雲から降りて2本の足で歩いて行けば、難なく新しい世界に行けたのである。
5本の指が世界の果てであるという思いこみをちょっと考え直し、筋斗雲を降りて歩いてみるというちょっとした工夫さえすれば、孫悟空は新しい世界に行けたのである。そして、世界にそもそも果てなどはないということにも気づいたはずである。
我々も同じであると思う。これまでの考え方をちょっと考え直してみる。これまでのやり方をちょっと工夫して変えてみる。何も大転換が必要なわけではない。ひとりひとりがちょっとした創意工夫をすることで新しい世界が見えてくるに違いないし、またそこに行けるに違いない。新しい世界はこれまでの世界と続いている。
ここ数年、ベンチャー育成を核にした地域振興が叫ばれて久しい。これまでの取り組みの積み重ねにより、それぞれの取り組みが柱の根本まで来ていることは間違いないと思う。柱の向こう側には新しい世界である新しい市場が待っている。よく、死の谷を乗り越えないと事業化はできないといわれるが、谷を覗いていない場合もあるに違いない。谷の深さは覗いてみなければわからない。せっかく柱の根本まで来ているのに、向こう側を覗かずに引き返してしまっては、孫悟空が新しい世界を見ようとしなかったのと同じである。
以上が長い長い前置きである。
陸海空いろんな移動手段を手にした人間だが、幼い頃からすでに車へのあこがれを大人は植え付けようとする。箒は英吾でBroom だが 因みに、broom-broom
【名】 〈英俗〉ブーブー◆「自動車」を指す幼児語
という具合である。だからどうしたというのでもないが・・・・・
もう何台もマイカーを乗り換えていますが、今度乗り換えたのは今までにない新色。私に似合わない
かもしれないがボレゴ・ベイジュ・メタリックであります。筋斗雲から降りなかったら新しい世界に
出会わないというのも実に解りやすい話だが、私にとってこの度のマイカーは筋斗雲色したまさに
それと同じようなものと自戒、自覚しなきゃと思った次第である。それじゃ、私は孫悟空か???