大急ぎのときは怪しい 旧暦から新暦へ、明治6年の暦には潤6月があって時の政府は給与を年俸制から月給制に 改定していたためいつもの年より1ヶ月多いわけで、政府の財政は火の車となる。 そこで慌てて新暦を導入することとなった・・・・。 結果的に、明治5年11月9日に改暦の詔書が発表され、同年12月3日を明治6年1月1日 と定められた。 つまりせこい話だが、12月月給は1日と2日だけなので月給はカット。潤6月など無くすわけで さらに1ヶ月分の出費がカット。まるまる二か月分支払いをせずに済んだ・・・・という背景がある。 月給を払えないことの理由で、発表から1か月足らずできめちゃったカレンダーなのです。