
お彼岸は暦どおりだが、明治時代の習慣がのこっているらしい、もっとも、庶民が墓石の立派なのを
石屋さんに造ってもらうようになったのは、そんなに大昔ではないらしいのだ。
キリコという灯篭と花を供え線香・ローソクにお水を持って大乗寺山の墓地や奥卯辰山に三々五々先祖
を偲ぶのだが。普段は自動車の乗り入れが可能だがこの期間はあまり近くには駐車が出来ない。
そんな訳で、梅雨時で足元もよろしくないので義母と私の妻を連れ、昨日の午後4つのお墓を巡礼
のようにお参りした。餡子とフルーツの葛餅を2個墓前にお供えして、文豪、室生犀生のお墓のあ
る大乗寺山の一角の義父と妻の従兄弟や義母の兄弟姉妹の墓参りを少し遅れ気味だが済ませた。
スッカリお盆の後片付けが終わってしまった墓地に、同じようにこの土日にお墓参りする姿は僅か
ながら散見できた。
亡き義理の父と幼い子供を連れて、ハイキング気分で弁当を食べた一昔前から比べると随分と
無縁仏のお墓が、整理撤去され新しい墓石が目立ってきたのと、歳相応に衰えてきた義母の足腰
とやせ細った腕の細さが気になる日であった。
実家は旧盆で家から歩いて行ける近所にある。お墓はあまり変化がないが墓地の周辺はすっかり
様子が現代風の家並みになり、子供の頃に仲間と基地ごっこする遊び場に格好な場所だった・・・。