
西瓜の果肉は赤い、という固定観念があるので、小さい頃から記憶している色調
におそらくは親近感を覚えるのです。
軽い小玉西瓜はちょうど食べきるのに良いし、冷蔵庫にも収まりやすい。
黒部西瓜はフットボールのようなジャンボサイズで巨大だが、普通サイズ程は
お目にかかれないし、一生の間に、何度も食べたりは多分しない・・・。
週末にwowwowで、デビル・バックボーンという映画を観た。
木製義足のフクラハギに金の延べ棒を隠してる婦人の場面があった。あれは
アイデアとしては面白いが相当重くって,いったい何十キログラムあるのよ!
とてもご婦人が歩ける代物ではないと思うね。火事場のバカぢからがあっても
そりゃ、なかんべさぁ~だ。
HINOKIOという映画。松竹・東急系でロードショーが7/9にはじまったという。
ロボットの身体がチタンやアルミニウム合金やプラスチックに布やゴムに皮。さらに軽量化
のためにヒノキ材を用いている・・・・なのでヒノキオだという。
軽くて丈夫で保湿性能があり感触も良いので木製品はとってもいいね。
因みに現在、小生の左足の補そう具は、靴底や踵の部分が木製で、皮に覆われている。
アルミ合金で軽量化をしてありおよそ2Kgの重さ。(鉄製だとその2倍になる)
一番最初にこしらえてもらったのは、全体アルミニウム製であった。
包帯でぐるぐる巻きにしてたが、這いずり回っていた幼い私には、画期的な
補そう具であった。それは、小学校入学よりも少し前で、中に綿を敷いて装着し、
真っ赤な色の歩行機にはいってご近所を歩き回っていたのだ。
お隣の建具屋のおじちゃんが、横に私を座らせながらペンキを塗ってくれたのを
半世紀も経過したのにかなり詳しく覚えている・・・・。保育園へ中途入園した
のもその頃であった。大事な歩行機だったが、まもなくそれも不要となり杖をつく
事もなくなんとか歩いて、無邪気に我ながらけなげに、チャンバラごっこに明け暮れて、
生活していた。
ポリオ後遺症で、左肢の義足ではなく補そう具であるが、義足の方がロボット技術の進歩に
比例して開発が進んでいそうに思えてならない。補そう具 手足や胴体用のも含め、もっと
素材や製法が進歩しファッショナブルになっても好いのにねえ.....出来れば全天候型水陸両用。
そのまま露出しても魅力的な~ 、なわけないかぁ!?。
四季の節目を
装着する下肢の装具の温度で、日々感じている。酒と同じで、やはり人肌くらいが適温だ。
解りにくければ、長ブーツを年がら年中装着してると思っていただけたら、想像が付きますよ。
厳寒期は悲惨な暗い血行不順なこととなり、且つ、真夏の灼熱はたまりません・・・。
ところで、ガロンや鉄腕アトムやロボット三等兵、エイトマン、鉄人28号 いろいろロボットには
お世話になった。(貸本屋で立ち読みが自由にでき、五円玉を握りしめ、本を借りにいっては
付録のオマケをもらうのが当時最良の娯楽だった。ついでに居間へ上がりこんではテレビを
みせてもらって育った。そっちが漫画より最良になったのはイウマデモナイ。
・・・・五年生までTVのない、どこにでもある貧乏家庭だったから。)
病気自慢をしてる場合ではないので、一般的な話で、第三の足と云えば、義足というより
ステッキがある。竿みたいなのからパラソルみたいのまで多種多様にある。
今日の言葉 ⇒ 石橋は叩いて壊せ鉄の杖で・・・
邪魔者がいたら示現流で真っ二つの真剣、白羽の矢止め・・?
邪魔者とは心の迷い妄念なのだけど・・・・・・・・。
東京銀座6丁目の角が1924年(大正13年)に創業したフランス菓子の「コロンバン」で
その手前にステッキ屋があって、「コロンバンの先の杖」と呼ばれていたと
池田弥三郎氏著の「銀座十二章」にある。
by、そのコロンバン製の焼き菓子とマドレーヌを食しながら
生涯の伴侶の下肢装具の傍らにて、愚痴るのであった。