ROUGE脱退~RAP解散
1988年の秋、それは突然の知らせでした。
「音楽性・方向性の違いによりROUGEは脱退します。
脱退後はARUGAと共に「カナリー・ポピーズ」という
Vo&Dsのユニットで活動していく予定です」
との知らせがファンクラブからありました。
RAP通信の作り手であったROUGEが脱退する事により、
RAP通信配信を主な業務としていたファンクラブも自然解散。
あまりに衝撃的な内容でした。
私の勝手な気持ちですが、
ミサが脱退し、ニシキが脱退しましたが
RAPの顔であり、ソングライターであり、言葉そのものであった
「ルージュさえいてくれればRAPは存続していくだろう」
そんな気持ちがあったのですが
まさか、そのルージュ本人が脱退してしまうとは・・・
「解散」という具体的な表記はありませんでしたが
ルージュ脱退と共にスタッフも全員辞めてしまい
事実上、それがRAPの解散となってしまいました。
RAPの中で何があったのか
それはファンには図り知る事は出来ませんが
当時親しかったRAPのスタッフの方から聞いた話では
「ニシキが脱退した時からルージュは考えていたのかも知れない」
との事でした。
常々メンバーは言っていました。
「RAPはルージュ、カオリ、ニシキ、ミサの4人のバンド。
誰が欠けてもRAPじゃない」と。
しかしミサが欠けた時、すでにLP制作の予定が入っていました。
その後キンタを経てアルガが入り、
RAPは本来の姿を取り戻しつつあり
ミサのいない穴をアルガが埋めてくれたように思えました。
それなのに・・・
「裏切られた」
当時の私はそう思ってしまいました。
そして、その怒りを手紙にしてRAPの事務所へ送りつけたりもしました。
ルージュからの返事は、ただ
「ゴメンなさい」だけでした。
脱退の理由については何も語って貰えませんでした。
結局、カナリーポピーズも活動する事は無く
残ったカオリは「GO AHEAD GOGO」を結成。
2年後にルージュはゴメスのオサムと「エティカ」というバンドで
一度だけGIGを行いましたが
その後、全く消息はわからなくなってしまいました。
そして・・・
2006年 夏。Mixiという招待制会員サイトで
私はルージュ、ニシキ、カオリと再会しました。
その中の日記でルージュが間接的に当時の事に触れていました。
(Mixi内でRAPの作品の再発運動が起こり、
それにご協力頂いた事で「再結成」と勘違いされた事などについて。
一部抜粋です)
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過去に私が大事な友人達と制作した作品が
今頃になって再評価して頂いている。
それを巡っての誤解。
私だけの力では作れなかった作品。
だから関わった人、全てに連絡を取る必要があって
毎日メールと電話で一日中、色んなツテを駆使して
消息不明のメンバーを探して。
でも正直、これをキッカケにまた会えるのが嬉しかった。
「久しぶりにお茶でもしようか」
それだけで良かったのに。
何でメンバーを探して連絡を取る事が、
お金儲けしようとか、
名声を得ようとしている事になってしまうんだろう?
私はあの頃に戻りたいなんて思わない。
今の、バイク乗りの自分が気に入っている。
バイクは基本的に独りきり。
例えば大切な人と一緒に走っていたとしても
誰も守ってくれないし守ってあげられない。
虚飾を取り払った、むき出しの心と身体。
1つ判断を間違えれば死と隣り合わせの緊張感。
だからこそ、自分が強くならなきゃいけないの。
あの頃の私は一人じゃ何も出来なかった。
だから一緒に作る人達が何より大事だったし
その人達が大事な人だって事は今でも変わりはないけれど
今の私は自由だもの。
一人だけで何処にでも行ける。
一人だけで何でも出来ちゃう。
心の向くままに風を感じながら走っていける。
独りで走るのがツマラナイなら
メンバーが欠けるのを心配するでもなく
好きな時に好きな人とだけ走る事も可能。
気持ちの良い道を走れば悩みも吹っ飛んでしまう。
これって、実はスゴイ事なんだと思わない?
だから、私はバイクを選んだの。
改めて・・・バイクはいいよね♪
「私は今の自分に誇りを持って生きています。」
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これを読んで、繰り返すメンバーチェンジに疲れてしまったのかな?とか
ニシキが欠けた後のRAPはルージュにとって
「自分で在り続けられる場所」では無くなってしまったのだろうか?とか
そんな風に思え納得してしまいました。
RAP:
1984年冬結成~1988年秋解散
でも、きっとまた、何時の日か・・・
