読書中毒患者の多くは、好きなジャンル、好きな作家、特定の舞台や人物に関わとりわける書物を貪るように読み漁り、収集し、擦りきれるほど読み返し、
さらに言えば、お気に入りともなると擦りきれた時用に、予備1冊をキープしていて、指紋ひとつ付けずに死蔵していたりする。
近年は「読みやすさ」の向上とか言って、文庫本の文字がハードカバー本並みにデカくなり、ルビを打つかわりに平仮名多用、行間を広げた本が、新刊·復刻問わずの主流となっている。
当然だが、そういう本は嵩張る。
ページ数が増えるだけに止まらず、巻数まで増える。
「上下巻」だった本が、再版になると「上中下巻」と化していて、なぜか上中下それぞれに、過去の1冊あたりの単価より高くなってしまっていたり。
まあ、紙の出版物の衰退を鑑みればそれも仕方のないことなのかもしれない。
そんな事を考えつつ、久々に手にした一冊······というか、上下刊だから二冊。
それが「フロスト始末」、
創元推理文庫から発売、R·D·ウィンブルドンフィールド作 だ。
上下刊とも厚み15ミリのずっしり系なので、当然、例によって馬鹿でかい文字のスカスカ文庫だと思って開いてみたが。
なんと。
昔懐かしいギッシリ&劇チマ系、
夕方老眼の身には、うっすら霞んで見えるレベルの超密度。
さすがにこのクラスは旧版の「指輪物語」文庫版以来とんとご無沙汰だったため、一瞬ひるんだ。
だが、このフロストシリーズならば無理もない。
とにかく、濃い。
全体的なイメージとしては、作者の頭の片隅に「刑事コロンボ」がなかったとは言わせないぞ、と言いたいくらい、コロンボっぽい。
だが、コロンボとは比較にならない下世話で不潔で不誠実な世界観に成り立っている。
芹沢恵氏の邦訳が、また、これ以上はないほど小汚くて素晴らしい。
この「フロスト始末」はシリーズ最終話なのだが、とにかく全話ともに素晴らしかった。
緻密で、複雑で、計算され尽くした混乱と焦燥で増大されたスピード感。
そのくせ、なげやりで、場当たりで、イラつく展開に終始する。
探偵モノにありがちな、「間」というモノが全くない。
正直なところ推理ですらなく、サスペンスでもなく、どちらかと言えば「密着○○24時間ドキュメンタリー」的な趣だ。
普通なら読むのが辛くなるアンハッピーな事件の展開も、物語全体に漂う腐りきった荒んだ空気に圧されて、「しゃーないわな」と読み流せたりもする。
それなのに、ちゃんと面白いドタバタ活劇でありもする。
わかりやすくて、清潔、高潔、スッキリ解決、キリッとイケメン、渋いアクション、······その辺を期待する方は、そもそも読まないほうがいい。
多分、不快感しか得られないだろう。
かなり活字を読み慣れていないと、多分、いくら「面白いよ」と言われても、読了するのは難しいかもしれない。
ちなみに、作者の本国イギリスでは、テレビドラマとしても有名だ。
かなりの人気を博したらしいが、原作者であるウィングフィールドは「私のフロストではない」と、1話しか視なかったらしい。
ちょこっと見てみたが、確かに、フロスト警部がカッコいいジジイすぎた。
イギリスのミステリー系ドラマはなぜかイメージ的に微妙なモノが多い気がする。
ホームズしかり、モースしかり、
たぶん、年配の主役を配するにあたり、演劇の国ならではの年功序列があるのかもしれない。
だが原作を過剰に意識しない限り、ドラマとしてはかなりの名作らしいので、経済状態が良くなる日が来たならばケーブルテレビのミステリーチャンネルを是非とも契約して視てみたい。
さらに言えば、お気に入りともなると擦りきれた時用に、予備1冊をキープしていて、指紋ひとつ付けずに死蔵していたりする。
近年は「読みやすさ」の向上とか言って、文庫本の文字がハードカバー本並みにデカくなり、ルビを打つかわりに平仮名多用、行間を広げた本が、新刊·復刻問わずの主流となっている。
当然だが、そういう本は嵩張る。
ページ数が増えるだけに止まらず、巻数まで増える。
「上下巻」だった本が、再版になると「上中下巻」と化していて、なぜか上中下それぞれに、過去の1冊あたりの単価より高くなってしまっていたり。
まあ、紙の出版物の衰退を鑑みればそれも仕方のないことなのかもしれない。
そんな事を考えつつ、久々に手にした一冊······というか、上下刊だから二冊。
それが「フロスト始末」、
創元推理文庫から発売、R·D·ウィンブルドンフィールド作 だ。
上下刊とも厚み15ミリのずっしり系なので、当然、例によって馬鹿でかい文字のスカスカ文庫だと思って開いてみたが。
なんと。
昔懐かしいギッシリ&劇チマ系、
夕方老眼の身には、うっすら霞んで見えるレベルの超密度。
さすがにこのクラスは旧版の「指輪物語」文庫版以来とんとご無沙汰だったため、一瞬ひるんだ。
だが、このフロストシリーズならば無理もない。
とにかく、濃い。
全体的なイメージとしては、作者の頭の片隅に「刑事コロンボ」がなかったとは言わせないぞ、と言いたいくらい、コロンボっぽい。
だが、コロンボとは比較にならない下世話で不潔で不誠実な世界観に成り立っている。
芹沢恵氏の邦訳が、また、これ以上はないほど小汚くて素晴らしい。
この「フロスト始末」はシリーズ最終話なのだが、とにかく全話ともに素晴らしかった。
緻密で、複雑で、計算され尽くした混乱と焦燥で増大されたスピード感。
そのくせ、なげやりで、場当たりで、イラつく展開に終始する。
探偵モノにありがちな、「間」というモノが全くない。
正直なところ推理ですらなく、サスペンスでもなく、どちらかと言えば「密着○○24時間ドキュメンタリー」的な趣だ。
普通なら読むのが辛くなるアンハッピーな事件の展開も、物語全体に漂う腐りきった荒んだ空気に圧されて、「しゃーないわな」と読み流せたりもする。
それなのに、ちゃんと面白いドタバタ活劇でありもする。
わかりやすくて、清潔、高潔、スッキリ解決、キリッとイケメン、渋いアクション、······その辺を期待する方は、そもそも読まないほうがいい。
多分、不快感しか得られないだろう。
かなり活字を読み慣れていないと、多分、いくら「面白いよ」と言われても、読了するのは難しいかもしれない。
ちなみに、作者の本国イギリスでは、テレビドラマとしても有名だ。
かなりの人気を博したらしいが、原作者であるウィングフィールドは「私のフロストではない」と、1話しか視なかったらしい。
ちょこっと見てみたが、確かに、フロスト警部がカッコいいジジイすぎた。
イギリスのミステリー系ドラマはなぜかイメージ的に微妙なモノが多い気がする。
ホームズしかり、モースしかり、
たぶん、年配の主役を配するにあたり、演劇の国ならではの年功序列があるのかもしれない。
だが原作を過剰に意識しない限り、ドラマとしてはかなりの名作らしいので、経済状態が良くなる日が来たならばケーブルテレビのミステリーチャンネルを是非とも契約して視てみたい。