果たして土居地区の住民はこの話に乗ってくれるだろうか。川島ら,別役電気導入対策委員会の心配はそこだった。土居地区の人にとってこの電化事業に参画することは,これまで自腹で用意してきた設備を放棄することを意味する。だが結論から言えば,この点についてはまったくの杞憂に終わった。
公文勇ら別役電気導入対策委員会のメンバーが真摯に伝えたところ,別段揉めることもなく,すんなりと受け入れてもらえたという(注1)。 これには,土居地区の各戸が元を辿れば互いに親戚関係にあったこともプラスに作用していた(注2)(注3)。
ところで,土居地区以外の他の地区とて,それらの住民全てが直ちに賛成したわけでもないだろう。一戸単位で出資を求めるとなれば当然そこに波乱も起きる。子供の多い家もあれば,高齢の独居世帯もあったはず。さらには貧富の差もある。積極的に近代化に歩み寄るか,それとも頑なにこれまでの暮らしにしがみつくか。少なからずの住民が心の中で,濃淡こそあれ悩み,揺れ動いていた。
「けんどほいたら,ワシらぁ別役だけずぅっとこの先も薪とランプでやっていくがかぇ?
」
「確かに,島までは来ちゅうがやきねぇ。ワシらぁが今ここでゴネてよぉ,子供らぁに皺寄せが行てもいかんしねゃ
」
「それよぉ…
」
「若いがらぁが,別役にも通す言うて張り切っちゅうけんど,どいたもんやろねぇ
」
「電気通すらぁ言うたら,ほりゃけっこう風袋もいるきねゃ
」
「ねゃ…
」
「この前もウチの息子が高校行きたいらぁ言うて勉強しよったけんど,夜が来たら暗ろうてできんとぉ~
」
「アテクの娘らぁも入河内らぁの子らぁ見よったら遅れちゅういうて言よらぁ~
」
「ほおかえぇ…
」
このような会話が実際に交わされたかどうか,今や知る由もない。しかしその後,首尾よくことが進んだことからすれば,各々思うところはあれど,各々がどこかで妥協したということだろう。つまりは文明の利器を採り,何よりムラの将来を採ったのであった。
【注】
1. 川島茂生(1989)『おもいでの記』,186頁。
2.拙稿「別役に電気を通す(その7)」に対するクロモジさんのコメント(令和7年10月16日)より。氏のコメントを引けば「集落自体が元は一家であり,其処からの枝分かれなので,戦後位なら其々の家の家長は兄弟だったはず」という。クロモジさんに感謝!
3.本稿を投稿後,この記事のコメント欄にクロモジさんが寄せてくださったコメント(令和7年10月24日)によれば,土居地区の自家発電装置は筆者が想像するよりも小規模のものであったらしく,よって土居地区の住民が自分たちだけで水路の維持を続けていくことの苦労を思えば,ムラ全体をあげての電化事業の誘いは必ずしも抵抗するような話でもなかったのではないかとのことである。