袖振り合うも多生の縁
という諺があります
道で人と袖を触れあうようなちょっとしたことでも前世からの縁によるもので、どんな小さな事、ちょっとした事も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのであるという意味のことばである
多生は仏教語で
前世と来世という意味だそうです
人の魂は何度も生まれ変わり
その都度の人生で
縁のある人とはまた巡り会う
恥ずかしながら、私は長年
「多生」を「多少」と
思い違いしておりました
多少と多生では
言葉の意味が全く異なります
諺には先人の知恵が凝縮されています
代々受け継がれてきた諺は
物事の本質を明確に表しており
限りなく真理に近いと感じます
春馬さんファンの私たちはきっと
春馬さんと多生の縁があるからこそ
これほど深く惹かれるのではないでしょうか
惹かれる気持ちは理屈ではありません
魂が惹かれているのだと思います
春馬さんの姿形は今は見えなくても
その存在感は消えることはありません
いつか私たちがこの世から去る日が来ても
またどこかで巡り会えますように…
多生の縁がありますように…
秋晴れの空を見上げて祈っています