修論がほとんど片付きました。これから来月末の学会に向けて準備をしたり、使ったデータをまとめたり、引越しのために荷物をまとめたり、ということを少しずつ始めていたりするのですが、なんだか気が入らないというか、しゃきっとしないというか。いやいつでもしゃきっとはしていないんだけれども。
なんか、余生送ってる感覚になってしまっているんですよね。
学生としてやるべき重要なことはだいたい終えてしまって、あとは消化試合しか残ってない、すーっと流して終わるんだろうなっていう気持ちになってしまっているというか。
そんな感じで気が抜けてしまって、今日も大学に来て何をしたかというと昔から使っているUSBメモリの中を漁り(紛失したと思っていたデータが見つかったりもしたのでそれはよかった)、それから何もする気になれなくて以前途中まで視聴してそれっきりになっていた「2001年宇宙の旅」を見るなどしました。
何か書き物でもすればいいじゃないかとも思ったのですが、なんかここ数日全然書く気がおきず。書こう!と思ってもうまく筆が乗らなかったり。書く気も失せるような気分になるようなことがあったり。
最近、わたしは小説等を書くことの目的が自己救済になりつつあるのですが、それが上手く機能していない。このままだとちょっとよくないかもしれないなあなどとも思いつつ、なんとかやっています。諸々終わったし競馬行こう!と思ったらバイト入るし。バイト、嫌いじゃないけど、しんどいことが多く、2月なら多少勤務できるかもなんて言ってしまった過去の自分を恨んでいます。
でも、昨日は久しぶりに大学のピアノを弾いて楽しかったです。
学内に一箇所、アップライトピアノを置いてある部屋があって、学部の1~2年とかのころはよく楽譜を抱えたり楽譜のpdfを入れたタブレットPCを持って通っていたのですが、そのうち学内に音楽系のサークルが増えてからは足が遠のいてしまっていました。だから昨日が4年ぶりくらいになるかもしれない。ピアノ自体は夏に帰省したときに自分のピアノを弾きにいったし(実家に置いてあるわけではない)、電子ピアノならこの前札幌の電気屋で一時間くらい弾いていたけれど。
大学のピアノはきっと長いこと調律されていなくて、相変わらずの弾きづらさでした。暗い赤色のピアノで、見るたびに自分が幼いころ使っていたアップライトピアノを思い出します。あれも赤い色だった。赤、というたびに母親がマホガニーだと強調していた。
弾く上ではモーツァルトが好きで、一番好きなのは幻想曲ニ短調です。ピアノの前に座ると必ず弾く。そのときの自分の技量とピアノの調子によって弾き方を露骨に変えられるのが楽しく、難易度もあまり高くないし、なにより美しいと思う曲なので。
わたしの調子もピアノのタッチも感じがいいときは、昔習っていたころを思い出してきっちりめに弾くし、特に調子がいいときは修飾音を足して遊びながら弾くし、わたしやピアノの調子が悪くて和音のバランスを上手くとれないときはグールドが弾いていたみたいに和音をばらしてアルペジオっぽく弾くし、などなど、いずれにせよ自分のためだけに弾くので、自分の聞きたい音を選んで出せるのが楽しいんですよね。
わたしのグランドピアノ、引越し先に連れてきたいんだけど、どうなることやら。
引越しに向けて、少しずつ掃除や片付けなどを始めました。
外れ馬券がこれでもかと出てくる。見つけた外れ馬券は基本的に騎手名を確認して河さん以外はゴミ袋に入れているのですが、ときどきあっこれは捨てちゃ駄目なやつ…と思いとどまったり思い返してうれしくなったりしょんぼりしたり、なんかいろいろです。昨日はアオノレクサスの馬券(なんで引っ越してくる前の馬券が部屋にあるのかは不問としてほしい)と、去年のばんえい記念の馬券を発見しました。ニュータカラコマの名前が入っていて、捨てられないな…ってとっておいてしまいました。きっとまた引越し先とかで見つけてしょんもりしたりするのでしょう。たぶんわたしは、そうやって雑に記憶を継いでいくんだと思います。大切にすることも捨てることもできない中途半端なのがわたしなので。
週末ですね。国立大前期入試もはじまるんだな。わたしの入試のときはもっと寒かったような気がする。今週はとてもあたたかいので、受験生のみなさんにはよかったかもしれないですね。がんばってほしいなあ。
ここまでの文章を読み返すとほんとうにまとまりがなく、なんか調子悪い人みたいな文章になってしまった。調子はよくないです。
でもまあ、生きてはいます。