庭作り日記が中途半端に終わってしまいましたが、私の手首がプツプツプツになったその後の中庭……

あの、丈夫で虫除けにもなるマリーゴールドが全滅するっていう悲劇……!!


途中で蕾もつけずに『……死にかけてるな』と思っていたけど、楽観的な親の「マリーゴールドは丈夫な花だから大丈夫」と言う言葉に甘えた結果、死にました。

瀕死の状態で日当たりのいい場所に移し替えたところ、葉も残らないカスッカスの枯れ枝になりました。根っこに踏ん張る力すらなく……!!


ドクダミ以外の花を咲かせているところを見たことがなったけど、本当にうちの中庭は腐海の如く、土壌が汚染されているもしくは栄養がない疑惑。

そんなマリーゴールドを殺す中庭に種から植えたコスモスはグングン縦に成長していますが、しかし、

雨に打たれて倒れるほど弱い宇宙人くん


花を付けたら、花の重みで倒れる未来図が見えるんだが……


そして咲き終えた花がいくつか出てきたので、プランターの花も秋まで咲くお花に植え替えガーベラ家の前は常にお花が咲いてて欲しいもの。今日はマメの餌を買いがてらホームセンターの花売り場をウロウロしてたら、


「〇〇ちゃん?」


て、高校時代の同級生が花売り場で働いていた!!

10年ぶりの再会!!

久しぶり~、びっくりした~、と同時に会話に出たのは、


「結婚した照れ?」


ていう再会する際のお約束の確認。

何もハメてない左手薬指を見せつけて、「びっくりした、指輪結婚指輪してるのかと思った笑」と、しょーもない笑いをとりにいきました笑い泣き💦


でも、お互いに恋人と別れたばかりだったので、久しぶりに「この年になると焦るよね」と婚活の刺激になる再会だった!

周りは結婚して子どももいるか、結婚に興味がないかの両極端なんだもの。口では「彼氏が欲しい」と言ってても、受け身で待ってるだけの女友達に対しては「いや、動けや!!」とももはや言いません。恋バナしたところでまったく刺激になりません。


そして、このホームセンター自体、私が19才から約1年半、車学(自動車学校)に通いながらバイトしていた場所なんですが、当時の一緒に働いていた店員さん2人が私に気付いてくれて、声をかけてくれるというサプライーズ!!

短時間を1年半だったし、さすがにもう忘れてるだろうな……と、思って静かにレジに立った自分が恥ずかしい!!普通に話せて良かった!!良い人たちだった!!


今後は“同級生”がいて、自分を覚えてくれている“元バイト先”に犬の餌を買いに行くことになるんだが、照れくささが凄い!!

更に言えば、車で5分もしないこのホームセンターを避けていた理由は“元バイト先”ということもあるけど、その時に一緒に働いていた男の人が違う職場になった後に食事に誘ってくれたり、買い物せず会話だけをしにやってきたりしたんだけど……


これは果たして好意なのだろうかと意識した途端、私の心のシャッターが下り、あからさまに避けてしまったクソ社会人時代があってな……

相手にも失礼な態度が伝わったんだろうね……職場に姿を見せなくなり、それ以降、元バイト先には近付けなくなりましたバイバイ笑い泣き


本当に、無駄に男性を意識しまくって、対応をこじらせていた時代が私の人生最大のモテ期で20代前半で終了しているスライム

恋愛になりそうなフラグをへし下りまくって……(怪しい人もいたけど)実は顔が好みの人もいたんだけど、私自身の警戒心がハンパなかったんだよなー!!!!

20代前半で『30代の男なんて無理。前後2~3才が理想……』って決めつけていた過去の自分をぶん殴りたい。

そして自分から女性にアプローチを仕掛けていた肉食系男子に花束を贈りたいハイビスカス


来週の金曜日から新たな職場で実習が始まるので、のんびり過ごせるのも残りわずか!いよいよ社会復帰!!




躍動感ある写真しか撮らせてくれない
マルプを迎え入れて5日目!
トイレがまだ……覚えられませんクマムシくん

そのクセ4日にして既に名前を呼びかければ跳ぶように駆け寄ってくるし、5日目の今日はドライフード5粒でおすわりチャレンジ。



最初こそしつけどころじゃない騒ぎようで『しつけってどうすりゃいいんだもやもや』と絶望しかけたけど、突然の才能発揮マン。


3粒目で座る

4粒目、確認する

5粒目で完璧なおすわりを確信するけど(天才かよ)、なんていうのかなー……成功して褒めて、ドッグフード与えたのにテンションが低い。何故、テンション下がるのおいで滝汗


体力が有り余ってるから、早くお散歩連れて行ってあげたいねー


そしてしばらく再就職活動で休んでいたランニングを再開。このたび無事に再就職先が決まったので、お世話になっているおじいちゃん達に報告しましたら、


オジイチャン「〇〇(再就職先)のセンター長って△△さん?」

私「そうです、そうです、知ってるんですか?」

オジイチャン「同じ町内に住んでて月に1回7人くらいで飲みに行ってるんだよ」


世間って狭いな説!

次の就職先は一切、接客・販売業とはかけ離れた違う畑なので、本当に1から覚えることがたくさんありますが、面接に行った時も、ユニフォームの合わせに行った時も一通りスタッフの人に挨拶して(まったく覚えられなかったけど)、職場の空気が良かったので安心した!

男女比5:5、アットホームな雰囲気!これまでの事情を知るセンター長からも「背負い込まないように!」とまだ2回しか会ってないけど何度も何度も言い聞かされ、温かい環境の中(たぶん)で頑張ろうと思いますーグッニヤニヤ


ちなみに定休日が水曜日なので水曜日に何か出来ることはないかと、市のコミュニティや活動を調べたら、シェイプアップ・ボクシングというものがありましてね。

ガチ勢すぎても怖いし、ド文系の私が体育会系の「オラァ!」「ゴラァ!!」的なノリについていけるか分からないけど、働き始めて落ち着いたら体験に行ってみて……どんな人が参加しているのか確認したいと思う真顔

いかついガチ勢揃いだったら、小心者の私には一歩踏み出せないやーつ!

そしてお散歩はもちろん、ドッグランデビューも心待ちにしています。本当に比べるとアレだけど……亡き初代犬を飼っていた頃は呼んでも来なかったしねー

地元にドッグランもなかったしねー

車の運転も出来なかったから隣町にあったとしても連れて行けなかったし……


いや、結局、呼んでもこないワンコはドッグランに放しちゃダメだもんね真顔

そして絶対にあの子の性格だと、怯えながら威嚇して噛み付きそうなタイプー!犬見知り、人見知りの可哀想な子だったー!


マメ用に新たな赤い首輪も購入



結局、柴犬の形見のリードも食器も大きさが合わず使い回すことはできなかった笑い泣きハッ
元気になったので、冷静に振り返って【適応障害】の発症から、回復までφ(.. )

適応障害は【うつ病ほど重篤な症状は出ないものの、発症の理由(ストレッサー)が必ずあり、日常生活を送るための正常域は超えて実際に行動、情緒に支障を来している状態】


【私の適応障害、診断前】

■帰宅後の疲労感、無気力感
■お風呂に入ることが面倒くさい
■寝たら次の日を迎えてしまうと、気持ちが沈む
■人と目が合わせられなくなる
■うまく会話が交わせず、話を合わせることが出来なくなる
■仕事の段取りが分からない
■意識しなくても出来ていたことが、意識しても出来なくなる
■気持ちばかり焦って、片付けなきゃいけない仕事を見つけては追われてた
■自宅から駅までは自分を鼓舞して向かうものの、前向きな気持ちはすぐに消える
■電車に乗ってしまうと(待合室のベンチから立ってしまうと)もう逃げられないと思い、職場に立つ前から絶望してた
■電車の中で涙が流れ始める
■涙を堪えながら職場に立ってた
■生理が始まっても、生理が終わっても気持ちが浮かんでこない
■「大丈夫?」と周りで心配され始める
■自分でも「自分がおかしい」と気付く
■「優しい」「気を遣う」と言われることが褒め言葉として受け止められず、それは私の中では自分を否定されている言葉だった
■「至らない」で埋め尽くされる
■自信も、自慢も消えた
■座ってても血の気が引く。横になっていても血の気が引く
■身体の内側からグゥーと押しつけられるような腹部の痛み
■「半年は続けよう」が「半年はつらい」→「せめて春まで……」→「繁忙期の年が明けたら」→「もう何も出来る気がしない」までの転落の速さ
■休憩室で人と話すだけで涙が溢れ、ごまかせなくなってきた
■「これまでのキャリアを無駄にして欲しくない」「復職を待ってる」と言われた時の息苦しさと、血の気が引く感覚は今も忘れない


→これがすぐに思い出される行動・情緒的異変。今、この時期のことを振り返っても、最後の日に何の仕事をしていたのか。誰と一緒に働いていたのか。その時、どんな会話をしていたのか……まったく思い出せません。

【退職】が決まるまで、本当に職場を意識しなかった日は1日もないのに、それでも最後の方の記憶がない。


【休職期間中】

■休職に入った安心感より「復職しなきゃいけないのか」っていうプレッシャーが大きかった
■まず地元の駅へ向かうイメージがつかない、考えるだけで血の気が引く
■婦人科で看護師さんから「来てくれて良かった」って言葉に1度、救われた感
■最初の1ヶ月は通常に戻す・生活を充実させようと思い立つ
■それが出来ないとすぐに分かる
■本格的に涙腺がぶっ壊れた
■休職に入る前より不眠になった
■病院を変えたことで症状は良くなっていくけど、そこに至るまで自分に合う薬の種類と量が難しい
■薬が効きすぎてバカみたいに眠る
■寝ても寝ても寝足りない。それなのに中途覚醒による不眠
■「好きなように過ごして下さい」が難問
■「職場には近付かないでください、仕事のことは考えないで下さい」て言葉を待っていた。考えないなんてことは出来なかったけど、自分では言えない言葉に救われた
■家族と彼氏氏以外の人と関われない
■LINEが返せない
■ご近所さんともコミュニケーションがとれない
■職場の人とは一切、連絡せず、最終的な社長との連絡手段は提出書類に同封した手紙
■体重の増量をきっかけに、このままじゃ余計に絶望していくなと思うようになる
■体育館に通い始めことで、徐々に他人と関われるようになっていった
■休職を2ヶ月もらった時、思いきった断捨離を決行。親が心配するくらい“私には不要なもの”を処分していった
■私物、1/3以下になったんじゃないかな
■ブログを書き続けたことで自分を見つめ直せた
■元の自分に戻りたくないとハッキリした
■今まで自分の長所だった面を捨てることにした。笑顔はやめた。自己主張を殺すこと、空気を読むことに疲れていた
■復職ではなく、辞めることを考え始めるものの、具体的な行動に移すことが出来ない
■そのくせ、いざ会社都合で退職となった時、“解雇された”という状況に泣いた
■店に近付く怖さが植え付けられた
■それでも解雇の連絡を受けた日から、当日を迎えるまでが人生の中で最も自由な時間だったと思う

→つい2ヶ月前の話。
回復した今、改めて“復職”を迫られても、私の答えは変わらないし、店舗スタッフに挨拶出来ていないけど、「不義理と思われようがもうあそことは関係ない」と開き直れるようになった。

結局、女友達に会うまで2ヶ月かかり、電車に乗れるまで半年かかった。傷病手当のおかげで金銭的に困ることはなく、自分を見つめ直すには十分な期間をもらえた。

回復した今なら、あの期間は“傷病手当をもらって生かしてもらった時間”で、アクティブに動けている今は“傷病手当をもらうことは甘え”になると、自分の中でハッキリ分かる時が来た。

これ以上、手当に甘え、再就職を先送りにしていたら引きこもりニートになりかねないなって。
閉塞感と自己嫌悪で違うメンタルヘルス不調に陥りそうだもの。

でも、これは本当に周りの人から焦ることを止められ、時には人を拒絶して、前進と後退を繰り返しながらようやく回復できた私のペースなので、回復までの期間は個人差があって当然。

今も苦しんでいる人、診断されたばかりの人は、


焦らず回復していきましょう!
療養と自分に合った薬を探そう!
煩わしい人間関係を見直す良い機会だよ!!
治ると以前より精神的に強くなるっていうのは本当みたいだよ!!


私は職場環境にキャパオーバーして、ある日突然、職場から消えてしまったので、その負担が残ったスタッフにのし掛かったことは悪く思うけど……


私も悪かったけど職場環境も悪かったからお互い様だと思ってる!!


えぇ、完全に客観的な目で見ると当時の状況を振り返れば、開き直りました!!
あのまま自分らしさが消え、自分を嫌いになっていったら、私、死ぬ時、後悔してたと思う!!!! 


視野が広くなった今の肩書きは【無職】【実家暮らし】【彼氏なし】という名乗りたくない肩書きですが、何も無くなったからこそ必死!!軌道修正!!ポジティブにライフプランの変更してる!!

☆まずは再就職して再就職手当を得る!
☆崩した分の貯金を貯める!
☆仕事以外の生きがいを探す!
☆行動範囲を広げ、友人を増やす!!
☆結婚と子どもが欲しいから彼氏氏とお別れしたので、こうなったら市の結婚相談所の登録も恥ずかしがってる場合じゃない


ちにみに本日は3社目の面接。
言おうか迷ったけど、適応障害であることを告白したら面接してくれた人も経験者で、以前とは全く違う業種から今の職場に来てセンター長になった強者らしい。
職業の面接に行ったのに、お互いの発症原因と自覚してる性格を話し、「俺と似てるー!」て……病気に対する理解は得られたけど、脱線した面接になったけど大丈夫だったのかなアレ滝汗

とりあえず今回でメンタルヘルス不調のブログは終わりにしたいと思います。自分本位に書いてきたので鬱々な内容が続いた時は不快な思いをさせた人もいると思います。

今後は読書、再就職活動、婚活、マメの生長日記……忙しない令和!