結局、職場からの連絡もなく離職届が出来上がらず、明日の診察は全額負担が決定した。長期通院補助も音沙汰無く……

諭吉さん……さようなら……お札

令和では栄一さんとご縁がありますように……札束


仕事していた時は立っていることが当たり前で、動きっぱなしで日常生活してて毎日一万歩歩くことが普通だったけど、症状が発症してからふさぎ込んで歩きに出るどころか、体を起こしていることも難しかったんですが、


【仕事を辞める】てなった今、ようやく体力に気力が追いついて、体力が有り余ってるここ数日。


これから人々が迎える10連休どころか4ヶ月連休を過ごし、心が死んでいた日もある中、好きなことをして過ごして自分と向き合った時間だった。 

無気力な日は眠れなくてもグダグダと横になり、

新鮮な空気を吸いたい日は河原を散歩して、

体が鈍ってると思ったら走って、

会いたい時に彼氏氏に連絡すれば大抵、会ってくれたし、逆に引きこもりたい日はそっとしててくれた。


休職に入って買って良かったものは、
浴室のイスと、浴室掃除用のブラシを長年使っているものから新調したら、機能性も含め、それだけで仕事が丁寧になった(風呂掃除担当)

タンスの中の服が減ったお陰で詰め込む時のストレスも軽減。

車を運転する機会が増え、積極的にバックで駐車することを続けていたら運転に少し自信もついた。

いつもは昼食がスーパーのパンだった父親にお弁当も作り続けた4ヶ月。自分のものを作っていた時よりも確実に腕が上がった。時間的余裕があるから。

町内の人達が好きだけど、前の職場になってから会うことも話すことも減り、新しく引っ越してきたお向かいさんとはまともに顔を合わせたこともなかったけど、今になってようやく挨拶するようになった。


毎日必ず飲酒していた習慣もなくなり、酒に弱くはなりたくないけど、お酒の力を借りる必要もなければ、飲みたいと思うこともなくなった。

「飲んで忘れよう!」
「飲んで寝よう!」
「自分へのご褒美!」が、今、無いから。

改めて、ストレス解消=お酒にはなっていなかったんだね。


そして、腕時計の出番も、時計を見る機会も減った。仕事中に時間を気にすること、電車の時間を気にする必要もなくなった。縛りから解放された。

これから『しなくちゃいけないこと』はたくさんあるけど、幸い周りは焦らせることを言わないし、そもそもの私の性格が“無難に生きたい”だから、人生の軌道修正したくて仕方がない。


まだ人との会話は前のようにはいかず、外で活動的になっている分、近所の人から目撃されるようになってニート疑惑がかけられているけど(実際にそうなったけど…(人目からは未だ逃げてる…)、まずは“元の自分”に戻り、その後は“自分を好きになれる私”になりたいと思う。


自分を押し殺して過ごしてきた日々は、自分の一生涯の中でもったいなかった。

もちろん、色んな経験をさせてもらい、積極性も養われ、大きい組織の中で尊敬できる出会いもあり、無駄だったことは何もない。その一員になれたことが誇らしかったりもしたけど、

ただ、

あれ以上、自分自身も自分の時間も職場に尽くせなかった。

頑張って取り繕ってきたけど、結局、自分はそれを維持できず至らなかった。

仕事に対するモチベーションが高い人たちの中で“真面目”だけを武器に対応して、そんな私を周りが過大評価してくれても、それが自信に繋がる前に皮肉と嫌味で自尊心ズタボロ。


他店で対人関係の問題が起きた時、『〇〇さん(私)は客観的に見られる人なので私より大人ですよ』と話してくれた他店店長さん……そんなことありませんでした。

なんだかんだ自分を過大評価していたのも私自身。

『充実』を。『大丈夫』を装ったのが本当にまずかった。長所の笑顔を悪い使い方してしまった。


ストレッサー(ストレスのもと)から離れると、元気になるのが適応障害。人生の最大連休まっただ中。

SIAM SHADEの1/3の純情な感情を聴きまくってる。平成の最後にきて私の中で大ブーム到来ルンルンルンルンルンルン



寄せ植え/ビオラとサルビアの一種らしい
ビオラのこの配色がスキィ