前々回の日記で少し書いたけど、休職に入って始めたのは、体育館で走ること。
体育館には車が無いと行けないので、父親が仕事の時は送り迎えをして車を使わせてもらってる。
1周約200メートル。下は体育館のメインアリーナ。夜はランニングガチ勢(10代~40代)が走っているけど、午前中は歩いている人の方が多く、年齢層も高い。リハビリで歩いてるおじいさんや女性、特別支援学級の子たちもいる。
そんな中で私は音楽を聴きながら黙々と走ってた。誰とも関わらずに済む、誰も私を気にしないでいてくれる環境がありがたかった。
でも、体力なさ過ぎて最初は10周も出来ず、走ったり歩いたり、とりあえず気分転換と運動不足になればいいかなっと考えてた。
で、3回くらい通った時、いつも必ず走っているおじいちゃんが突然、声をかけてきた。
「服のサイズと好きな色、何?」って。本当に突然。
まだ他人と会話がままならない状態ではあったけど、サイズと好きな色は答えた。答えた段階で察してる。
『私……Tシャツか何かプレゼントされるんじゃないかな?』って。
で、その予感が当たる。後日、私サイズの私が好きな色のTシャツをプレゼントされる……!!
しかも、市販のものではなく、どうやらおじいさんが過去に参加した大会でもらった未着用のTシャツ……!!
大会運営側からおじいさんに宛の封筒に名前が書かれていて、おじいさんの名前が判明する……!!
これが私とWADAさんの出会い。
見た目は80代の短髪総白髪。筋肉で出来たがっしり体型で、私が行く前から走ってて、私が帰った後も走り続けているスタミナマン。
Tシャツ受け取った日から挨拶するようになって、WADAさんが過去に100キロや200キロのレースに出ていたロングランナーだったことを知る。実際私がもらったTシャツも山岳耐久マラソンのTシャツで、それを着たら私が耐久マラソンに出場したかのような過酷レースTシャツだった。
最初は他人と関わるのが苦痛で、何か受け取ってしまったら余計な縁が出来てしまうと……正直、ほっといて欲しかったところもある。
ただ、主に家族、たまに彼氏氏と病院の先生としか関わっていなかった生活の中で、WADAさんはベッタベタに関わってくるわけじゃなく、主に走り方のアドバイスをくれた。
最初は「スピードはいいけど、持久力がないね」てことを見破られ、その後は腕振りのクセ、周回は焦って増やさない方がいいこと、走り終わった後はストレッチする必要、3キロ走れるようになったら5キロのレースに挑めばいいetc……1日に1個アドバイスをくれるような関係。
10周止まらずに走れなかったスタート時から比べたら、最近ではようやく15周走れるようになってきた。まだまだようやくの3キロ走破だけど、WADAさんも「今日は何周?」て声をかけてくれるので、それがモチベーションの維持に繋がっていると思う。
不思議な縁で鉄人みたいなおじいさんと知り合い、気にかけてくれている環境が今はありがたい。走るのを止めにくい環境を作ってくれたおかげで、今も走り続けてる。
私が平日の午前中から走ってようと、誰も気にしていない。WADAさん以外にも、「頑張ってるね~」て声をかけてくれる人。杖を突きながらゆっくり歩いているリハビリ中のおじいちゃんともお互いに『よく来てる』と認識するようになって、
「おつかれ!」
「ありがとうございます!」
て、初めて言葉を交わしたのが金曜日。今度は自分から挨拶しにいこうと思う。
走ること自体も気持ちよくて、走っている時は余計なことは考えないで済む。汗をダラダラかけば、ドロリとした血液が少しはサラサラに流れてくれるんじゃないかと思う。“やったことがない”ことをやるのがとにかく苦手だったので、使用を遠慮していた更衣室も入っていけるようになった。
なかなか体重も減らないし、5キロ走破はまだ先が長いけど、あと2ヶ月は走り続けたい。それは今の私には“負担”じゃなくて“やりたいこと”で、心に悪くないはず。私を知らない人と関わることがリハビリになってる、はず。