休職した翌日から“心を休ませよう”と同時に“心を鍛えよう”と思って、休職の1ヶ月間、やりたいこと・やらなければいけないことを付箋に書き出して壁にペタ。←前に転職した際、有給休暇を利用して有意義に実行した手法
中には、
【1日1回は外へ出る】とか
【運転の練習をする】とか
【料理のレパートリーを増やす】とか
【本を10冊読む】とかあったけど、無理の無い目標立てて気合いが入ったのは休職2、3日目で終わり。体育館で走るどころか家から出ることが出来ない。誰かと一緒じゃないと外に出る気も起きない。1日横になって終わる日が、心が休めている日なのか謎。どうしても今後のことは考えてしまうし、考えると足の血の気が引いて冷たくなる感覚。
張り詰めていた糸が切れたというか。頭が理解を放棄してるというか。人と合わせることが苦痛というか合わせる気が起きないというか……他人の機嫌を窺う生活より、他人と関わらない生活を過ごしたいっていうのが今の本音。
こうなってしまったのも自分の性格のせい。空気を読むことを徹底してたし、争い事は避けてた。自分の意見を言わず周りに合わせていた八方美人ってやつ。いない人の悪口を言う人に同調することも多かった。そういう人は、私がいない時は私の悪口を言ってるんだろうなとも察してた。
特に今の職場になってから、自我が強い人同士が言い争ってる場に居合わせて最悪の空気を体感してからは、自我が強い人には絶対に反論しないことに決めた。自分が我慢すれば。言いたいことを呑み込めば。無言フォローすれば。注意されないように完璧にやれば。機嫌が良い日と悪い日の、空気を読み間違えないようにしなければと必死だった。
それでも『空気を読み間違えた』とか『出しゃばってしまった』とか……後輩さん達の失敗も、自分が至らなかったせいだと一緒に叱られている気持ちになった。副店長になって、至らない、至らない……そう考えていることが去年1年多かったと思う。
だから余計に社長に「頑張ってる」「助かってる」と言われても自分の中では「頑張ってるのに、それでも至らない」「もっと頑張らなきゃいけない」になった。
友達、彼氏氏、他店長、後輩、家族に「真面目」「優しすぎる」「気を遣いすぎる」って言われる性格は、褒め言葉でもなんでもなくて言われるたびに「自分の意見が無い」って言われているようだった。実際、やりたいことより「何が相手と意見を合わせる正解か」を考えてた。
仕事以外でも、友達の中身の無い恋愛相談、経験したこと無い夫婦間の問題と子育ての愚痴。反論なんて御法度で、励ますか合わせるか。女は意見が欲しいんじゃなくて共感が欲しい生き物というけど、本当に不毛。そう思いながら、私自身も話を聞いてほしい時があるから女ってほんとめんどくさい。
「女は友達の不幸が大好物」、それも何となく理解出来る。私がこの状況になった今、「好物にされてたまるか」て思ったら近況を話せる友達と、話せない友達に分かれた。
この子はあからさまに同情して長々とLINEを送ってくるだろうなとか。この子は“私も”とかぶせてくるだろうなとか。人は誰でも何かつらいことがある、抱えてる、それを黙ってる、みんな分かっているけど、今の私は何の共感も出来ないと思う。
間違いなく心が狭くなってますね……
ハーーー

