学生時代の友人の母親が死んだ。
彼女の母親の介護は10年を超すかもしれない。
ゆるやかな認知症の経過を辿り
できないことが増えるに連れて
家族の諍いが増えていったと聞いた。
それでも結婚せず一人暮らししていた彼女に
介護の負担はのしかかって。
でも彼女はのしかかりだって思っていなかった。
毎回、怒りながらシャカリキに介護と勤務をこなしていた。
介護しながらいつも叫んでいた。
その叫びは
母親がこんな状態になったことではなくて
手が回らないこと、
日中預ける介護施設の介護方法に怒りの雄叫びを上げる。
なのであちこち介護施設からお断りされていた。
老々介護となっている父親に対して足らないことを怒る。
私は彼女の愚痴の爆弾をたくさん投下されて
冷めた頭で思っていたことは
あなたにとってはたった一人のお母さんだけど
介護施設の中では多くの介護する対象の一人だから仕方ないよって。
でも彼女はシャカリキになって毎日マグロのように動き回るので
たまに会って怒りの爆弾が投下されてもふんふんと聞き流していた。
ある時たった一言、告げた。
お母さんはもう何もわからないかもしれないけど、
でも自分が原因で娘が周囲に怒っていること
きっと嫌だと思う。
足らないことは多々あるけど、妥協や譲歩、諦めるということも
必要な気がする。
そうじゃないとお母さんは苦しいと思う。
彼女は答えた。
でもちゃんとやらないとお母さんは死んじゃう。
感染を起こしてすぐ死んじゃう。
それを聞いて私は何も言えなくなった。
私の心はお母さんが早く逝くことはみんなの幸せだと思ってしまっていたから。
何もわからなくなってしまったお母さん自身、もしわかる頃に、この未来を予測できたのなら、
一刻も早く逝きたいと思うだろうって。
彼女はお母さんにどんな状態でも
自分が怒りまくっても
きっとそばに居てほしかったんだろうなって。
肉体だけなんて思えなかったんだろうなって。
私はそんな風に自分の母親に対してできない。
そこまで自分を犠牲にして
自分の感情をたぎらせてまで、思う気持ちはない。
ごめんねお母さん。だけど。
私はお母さんのためには生きない。
自分を生きる。
自分を犠牲にしてまで誰のためにも生きることはできない。
そんな娘だから私の母親は今もぴんぴんなのかもしれない。
そしてそんな娘だから彼女の母親は介護を十分してもらえたのかもしれない。
長い間の介護おつかれさま。
そして彼女という娘が居て幸せだった、彼女のお母さんのご冥福をお祈りしようと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=f_M3V4C8nWY