西夏王陵 | カメラ散歩

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旅の思い出や食べ歩きなど、写真を中心に、思いつくままに。。。


寒い日が続きますが、今回は
暑い砂漠の中の王陵を紹介しましょう。
かつて中国の西北部に「西夏」という国があったのを
ごぞんじでしょうか。タングート族の李元昊が1032年自立して「夏王」を称し、
1038年には「大夏皇帝」を称しました。 この国を中国では「西夏」と呼びました。
首都は興慶(現在の銀川)にありました。
西夏は、宋、遼、ウィグル、吐蕃などと争いながら、東西交通の要路を占め、栄え
儒教・仏教も盛んでした。さらに建国当初に西夏文字が制定されました。
(かなり乱暴に言うと漢字をいくつか組み合わせたような文字です)

1226~27年に、モンゴルのチンギスハンが侵入し滅ぼされるまで
約200年続いた王朝でした。
首都の興慶はオルドス高原の南西にあり、西に立ちはだかる賀蘭山が砂漠の侵食から
この地を守り、東を流れる黄河が平原に恵みをもたらし、ここだけは緑豊かで
「塞上江南」といわれました。

住人はタングート人、チベット人、ウイグル人などが多く、国家建設と同時に
陸墓の建設も進められました。
それが今に残っているもので、9代の皇帝の墓の他、
家臣の墓もあり、200以上見つかっています。

おわん型の陵墓は高いもので20mほど、西夏王陵は全体で10万平方mもあります。



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この王墓はかつては瑠璃瓦で覆われていた。

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銀川市内を承天寺塔(西塔)から眺める。往時がしのばれるようだ。

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承天寺塔(西塔)は西夏王国が栄え、西夏文化が花開いた1050年
の創建と伝えられる。清の時代に地震で崩れたが再建された。
内部11層の塔は高さ64.5m、西夏時代の仏教の聖地だった。

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銀川は寧夏回族自治区の区都だが、その名の通り回教(イスラム教)の色彩も濃い。
そのひとつ南関清真寺。 


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玉皇閣(四つ角の真ん中にあり、鐘楼も兼ねていたかも?)


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       この旅のもう一つの収穫は近くに、古い朽ちかけた万里の長城が
       見られた事でした。天気がいまいちでガスがかかっていましたが
        妙に修復されていないのが、かえって良かったです。



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