日付をこえてしまいましたが、3月11日でした。

7年前の3月11日、自分は学校で一夜を過ごしました。

自分の学校は携帯の持込は禁止でしたのでこっそり持っていたとはいえ電源も入れておらず、さらには地下の体育館に避難したので、外の様子がわからず、自分たちの近くが震源だと思っておりました。

そのため、トイレに行ったときにこっそり習い事に欠席の連絡をいれたりしておりました。

その後、偶然通りかかった教室のテレビにニュースが映っているのを目にして「これは大変なことが起こったぞ」と震えました。

それから7年。

3月11日、12日のことはあまりにも鮮明な記憶で、つい最近のことのような気がしますが、もう7年も経っているのかと驚きました。

現在、アルバイトやボランティアで小さい子供たちとふれあう機会も多いのですが、その子たちが生まれる前の話なのかと時の流れを感じてしまいます。

自分は、あまりあの日のことを口に出すのは好ましくは思っておりません。

なぜなら、自分はあの時、テレビのこちら側にいた人間だからです。

あの地震が「とても大きい地震だった」という人間だからです。

あの時、テレビの向こう側にいた人間しかあの時の壮絶さを語ってはいけない人間だと思っているからです。

しかし、7年経って、自分には自分の「3月11日」があるのではないかと思うようにもなってきています。

自分の地区だから気が付いたこと、自分の身の回りの子供たちが考えなければならないこと……

そのために、3月11日という日だけは7年前の3月11日に戻ることが必要なのではないだろうか

そんなことを考えております。