娘が不登校になった時。

『まさか、うちの子が⁉️』
と私は思いませんでした。
どちらかと言えば、
『やっぱり…ついにくるべき日がきた』
と。
1年生の時から、
発作的な登校渋りは何度かありました。
低学年のうちは、
おそらく『分離不安』が大半。
朝は泣いて『母ちゃんといたい‼️行きたくない‼️』
と言ってた日も、
なだめすかして、
同伴(私は当時日勤の仕事だったので私の母が同伴してくれていました)登校すれば行けてたし、
途中で私の母が帰っても
ケロッとして、
友達と遊んで、
何事もなかったみたいに
友達と帰宅する。
なだめすかしも、
ごまかしも利いていた低学年。
けど、
不登校スタートの時、
つまり、4年生GW明けのある日の最後の登校の日。
朝から泣いて、泣いて、
行きたくない‼️イヤ‼️
暴れて、暴れて。
それでも引きずるように、
一緒に歩いた通学路。
学校に到着し、
保健室の先生に引き渡し、
泣いている我が子に背を向けた私。
逃げるように私は帰りました。
けど。
『学校でもずっと泣いていました』
と、電話で先生。
あー、もう、これはダメだと。
ごまかせない。
娘もだけど、
私も家族も限界だと。
毎朝行きたくないと泣いて暴れる我が子を、
なぜ行かせなきゃならない?
日々やつれる娘。
身体も大きくなり、
知恵もつき、
力づくじゃどうにもならない。
もう、辛い、見ていられない。
『疲労困憊』
何が正しいかわからない。
ただ、
…もう、ラクになりたい。
なってもいいか。
『もう、学校行かなくていい。
もう、これからずっと。
その代わり行きたくなったら言いなさい。
いつでも連れていくから』
布団から出られない娘に一言かけた。
『ようやく言えた』
安堵の大きい気持ち。
それから数日、
暇さえあれば眠り続けた娘。
これで良かったんだと今も思っています。

不登校スタートの日。
いい天気でした。
