昨年のこの時期。

娘の学校で
『二分の一成人式』
がありました。



学校はこれに向け、
秋あたりから動いており、
作品や発表する言葉などを
子供達は先生と一緒に
考えていったり作ったり…。






娘はと言うと…。






『は?二分の一成人式?出んよ』






はい、そうでしょうね。
安定の返事をありがとう。





学校行ってないし
準備も当然できない。






しかし、年が明け、
いよいよその日が近付くと、
先生に焦りが見え始めました。







『将来の夢は何?これに書いてみて。
歌はこれを歌うんよ。
蘭ちゃんのセリフはこれでね…』
と、年明けのある日の放課後に、
成長測定に行ったら、
先生が一生懸命式の段取りを
紙を見ながら
説明してくれました。


私は人として
いち保護者として、
返事が必要かと思うので、
『はい、はい』
と、相づちをいれつつ、
先生の相手をしていましたが、





当の娘はと言うと…





チラリ…







あっ!





無になってる(笑)





紙見てるけど、
話、聞いてない顔。
フタしてる(笑)





ほら、先生が何か聞いてきてるよ!
いや、先生もすぐに答えられんような質問すなよ!







式の段取りの紙は、
先生方が考えたセリフがズラリ並び、
『育ててくれた親に感謝します。
これから夢に向かって歩きます。
見守ってください。
よろしくお願いいたします』
的な内容のセリフ、歌、親へのプレゼント…。











私は先生の熱心な説明を聞きながら
ずーっと
『これ、誰のための式?』
『させられる感、満載ですけど…』
と、思わずにいられず、
私も途中から
無(笑)









母子で無(笑)







いや、百歩譲って
出席しようとしようか。
子供達と同じように並んで、
列に入って
紙を見ながらでも
セリフ言ったりして
参加するとしようか。

4年生(当時)になって数えるほどしか
学校行ってないのに、
いきなり式に出席して、
みんなと馴染めるかって?
ましてや
学校あげての式。









大人でも無理ですね。
失敗が怖いもん。
ましてやHSC の気もある娘。
無理ですね。色々と。
ハードル高い。





それに、見て、この無な顔。
これが全てを物語ってる。




さて、どうするか。
これ以上、ここにいると、
色々しんどい。







『持ち帰って娘と話させてください』
の言葉を出し、一旦撤収。



そして、
娘と会議(笑)





『私は二分の一成人式の内容として、
させられる感満載やから、
正直参加はどっちでもいい。 
式には並んで参加せんでも、
みんなと同じ場所にいるだけでも、
保護者席におって、
みんなの夢を聞いたりするのも
いいんかもしれん。
あなたはどうしたい?』
と、私の意見を娘に言いました。



娘は、
『母ちゃんと保護者席から見る。
セリフも夢も言わん。
最後の歌(みんなで歌う)から
みんなと並ぶ。
ただし、○○ちゃんの横に並ぶ。
で、式がすんだら、すぐ帰る』
と、結論を出しました。





先生の熱心さに、
応えなきゃの娘の
精一杯の妥協案。









連絡帳で娘の意向を伝え、
いよいよ当日を迎えます…


学校に行っていた頃。
こうやって、帰ってきてたなぁ。
『子供が学校に行かんで
よく怒らんでいられるね。
私なら引きずってでも連れていく』




娘が不登校で…と話すと、
時折言われます。




うーん。

もうね、
その時期は通りすぎたんだよね。






ぶっちゃけ、
怒って、引きずってでも行くなら、
行ってるでしょ?





どう親が頑張ったって、
娘は頑として動かなかった。





『強い意志』





娘が自分で選んだ。



子供が選んだ道を
親は支援する。



私がしているのは
ただそれだけ。





『学校に行ってないから、
将来の選択肢も少なくなるよ』
とも、言われたこともある。




そうかもしれない。





だけど、
将来なんてまだ分からないし、
学校に行ってたら、
みんな平等に選択肢を与えてもらえるの?
約束してもらえるの?









『夢がないなら、自由だ!』
と、みやぞんさんは言っていました。





目から鱗。
でも、ホント、それ。


私の誕生日に娘が作ってくれたケーキです😌💓
『なんでこんなに家に生まれたん?
もう死にたい。
蘭ちゃんなんておらんでもええ』







不登校になる直前、
娘が一番荒れていた時期に、 
私が仕事でいない時、
私の母に向かって
こう口にしたそうです。



4年生の子供がです。






愕然としました。




それを知ったのは、
不登校になってすぐのこと。
母が教えてくれました。





愕然としましたが、
それと同時に、
そんな言葉を口にできる
娘の心の成長の速さを感じました。





『この子は同学年の子達に比べて
心の成長が早い。大人だ。』と。


だから苦しい。
大人だから自分を抑えてなきゃならなかった。
周りを安心させるために。
自分を出せなかった。
このままでは、
周りの期待に応えられなくなりそう。

周りの期待
=学校に行って勉強して友達もたくさんいて、
キラキラしている自分。将来の夢が明確にある。


学校に行けなくなることは、
そうならなくなること。


周りをガッカリさせちゃう。


どうしたらいい?

分からなくなった。


もういなくなりたい。




毎日の葛藤は辛かっただろう。





学校に行くことで、
死ぬくらいなら、
行かなくていい。



けど、私も価値観の転換に苦しみました。



『学校より命が大切』




これに気付くまで苦しかった。
こんな、簡単な事にすら気付かなかった私。




学校に行く必要性は、
娘は充分理解していました。
学校は勉強だけを学ぶ場所じゃないことも、
人間関係のノウハウや、
通学路における社会的ルールなど、
充分すぎるくらいに。




なのに、行けなくなった。
行かなくなった。




不登校の明確な理由は分かりません。
これはいまだに。
本人にも分かってない。




当時の私は原因追求と解明に
必死でした。


けど、聞くたびに、
答えが違うのです。


給食が…
友達が…
授業が…





そういったものが、
溜まってきて、
満タンになって、
表面張力でこぼれそうで、
こぼれずに持ちこたえているコップの水に、
とどめの一滴が落ちてきて、
ついにこぼれてしまった。


そんな状態。





学校に行く必要性は誰よりも娘は理解している。
自分の意志で、
学校に行かないことを
決めたんだ、娘は。



自己決定能力がしっかりある。



じゃあ、私と同じように、
同じ大人として接していこう。


そう決めました。




親子関係では、
どうしても上下関係になりがち。
私もそうでした。
けど、不登校になってからは、
横の関係になるようにしています。



肝心な場面では、
保護者として立ち振舞いますが、
日頃は横関係。




だから、毎日が楽チンです。

娘作の料理です。
学校に行かないことで、
料理ができるようになりました。