首記の件ですが、きょうびの若者の一部には、ダラダラやっている、野党のパフォーマンスの場、みたいな否定的な印象があるようです。

 

実際の企業の決め事(取締役会などの会議)と比較すれば、どうして予算を決めるのに一か月もかかるの?みたいな感覚のようですね。

 

他国(いわゆる先進国など民主主義国家全般)における予算審議の期間も知りたいところですが、そんなにダラダラやっているのでしょうか?

 

100兆円以上の国家予算規模の審議と考えれば、本来ならそんなにスイスイ物事が決まるわけではないという感覚は「古すぎる」のでしょうか。たとえば、今回は特に防衛費増もトピックスの一つになっていると思います。どうして、そこまで増額が必要なのか、理由や背景や必要性や妥当性を国民の場に「詳らかにする」場が国会での予算審議であって、与野党間の議論を省略するのはさすがに「暴論」でしょう。

 

若者たちが「効率性」「即効性」「即時性」にそこまで「毒されている」のはやはり、気軽なツールSNS(tiktokが典型?)に慣れてしまっているからなのでしょうか?

 

世の中の出来事というのは、ほんとうであれば、100何十文字で語れないし、数分の動画で理解しきれるものではないはず、自分はそう思っています。

(某〇らこコメンテーター〇ろゆき氏が言っていたように?今の若者は「長文読解」や「長文を書く」がほんとうに苦手ならかなりマズイことなのでしょうね、、、)

 

標題の主旨とは逸れてしまいますが、学校(小中高)での国語の授業の現況を知りたいところです。そもそも、「鉛筆やペンで文章を書く」ってやっぱり諸々脳に刺激を与える行為だと思います。PCでのタイピングもある程度刺激になるのかもしれませんが、やっぱり、「自分で書く」という行為って諸々のヒトの行動に重要な要素が含まれていて、廃れてはならないものなんやろうなとあらためて思うところです。