意識が飛ぶほどの痛苦に見舞われていたにも関わらず、飛んだ意識の中ではギリギリのところでまだ激痛を感じている。もう飛んでしまっているから留まるところを知らないのかもしれない。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
こんな痛みを感じ続けるくらいなら、死んだ方がましだ!
「………………
──本当は。
本当は、痛みなんて耐えていける程度のものだった。
本当は――本当は、目を背けたかっただけだった。痛みにかこつけて、認めたくないだけだった。
でも。
駄目だった。無理だった。振り切れる程度の痛みなどで誤魔化せるほどの圧迫感ではなかった。
「……………くッ……」
好きだった。
好きになっていた。
僕でも気付けなかったレベルでだけれど、確実にこれから本気が出てくるような気持ちだった。
要は僕はあの変な眼帯女が好きなのだ。
そして、──それは。
僕が眼帯女を好きになるという事象は。
「…………宿命」
それは、前世から定められている運命だったのだ。僕がどう足搔こうと、僕自身の気持ちだとどれだけ叫ぼうと、僕が彼女を好きになるのは決まっていたことなのだ。
眼帯女が転校してきたときに覚えた違和感は、前世の記憶のせいだったのである。はっきりしなかった女の顔がようやく鮮明に見えた。それはあの眼帯女だった。瓜二つというレベルではない、そのままだ。どういうわけなのか、前世の僕は、少し前まで僕と会話していた眼帯女と恋に落ちていたようなのである。
「………最低だ」
全く意味が分からない。理解できない。
何故何十年、いや下手をすれば何百年前の人間がこの時代に生きているのだ。それだけではない、容姿も、声も、何も変わっていないではないか。ふざけているとしか思えない。とても現実で起こっていることとは思えない。……それを言ったら、僕の持つ前世の記憶というのも現実世界ではあり得ないことなのだろうが。
自分の心の中の一番デリケートな部分が最初から決められた動きしか出来ないなんて、最悪だ。プログラミングされたコンピュータと同じではないか。
「……もうやだ」
「そんなこと言わないで」
「!?
僕独りの世界であるはずの、まどろみにも似た“無意識”の中で、不意に僕のぼやきに答えた声に戦慄が走る。
「――私は貴方が好きだよ? 愛してるよ? 私はそれが嬉しいよ
聞こえる声は聞き慣れた眼帯女のものだが、響きもトーンもいつもとは全然違う。別人のそれにすら聞こえるほどだ。
「それなのに貴方は、私のことを愛すのが嫌なの? そんな悲しいこと言わないで」
何色なのか、何か見えているのかさえ分からない、そんな世界の中に、ひとつだけはっきりとしたものが見えた。
――眼帯女である。
「お前………」
「ねえ、前の貴方は自分の命よりも私を大切にしてくれたよ?」
「前の僕って……あの剣士か」
眼帯女の様子がおかしい。
僕の“無意識”の中に入ってきた時点でおかしいのだが、いつもの彼女とは明らかに違う。
何も着ていない。
口角が不自然に歪んでいる。
瞳孔が開いている。
――気付いた。
「・・眼帯・が・、・・無い……
白い布カバーが取り外されたそこには。
「右目くらいなくても、貴方は私のこと愛してくれるでしょう?」
「なんで……」
眼帯の下には、あるべき眼球がなかった。
「……ぅぐ」
見慣れないグロテスクな画に、目を逸らさざるを得なかった。
「右目くらい……貴方と何度も巡り会うためなら、要らないって思ったから……」
人間とは思えない神経である。
「お前それ……どういうこと」
「私はね、“永遠”を生きてるの。生まれ変わる少し前に神様にお願いして、右目と交換してもらったんだ」
「……“永遠”、を……?」
「そうだよ。ずぅっと前の私は、貴方を置いて死んじゃったから……私は貴方が大好きだったから、そんなの嫌だったの」
滔々と言葉を紡ぎながら、じりじりと僕の方へ寄ってくる女。左目の真剣さが強すぎて逸らせない。限りなどないはずなのに、何故か背中の汗が止まらなかった。
「だから今度は、貴方が私を好きなうちに……嫌いになっちゃわないうちに……次の貴方になってもらうことにしたんだ」
「次の僕って……」
その意味に気付き、足が勝手に痙攣を始める。
「貴方はもう、私のことを好きなのが嫌になってしまったんでしょう? そんなの嫌だよ……だから」
「やめろ…………」
いくら命令しても、足が思うように動いてくれない。
動け。動け。動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け!!!
「だったらもう、私の全部を嫌いになっちゃわないうちに、貴方の時を止めてしまうしかないでしょう?」
「やめろ……やめろよ……!」
「もう、気づいてるんでしょう? 貴方は――」
「やめろぉぉぉぉおっ!!!!!
「貴方は、私を愛する為に生まれてきたの」
腹のあたりに、生温かい何かを感じた気がした。
吐き気を催すような鋭い痛みに意識を取り戻す。通い慣れた学校の保健室のベッドと思われる白いシーツに横たわっていた僕の視界には、抑揚のない真っ白な壁より手前に、眼帯女の姿が映っていた。近すぎて、ぼやけてしまっている。腰や胸、首などのあたりの圧迫感から、彼女が僕を押し倒すような形で僕の身体を押さえつけているのが分かった。
「………ぐっ……ぁ……ッ………」
「またね」
二センチくらいの距離で、熱い吐息とともに言葉を受け止める。
何故かどうしようもなく眼帯女の眼窩――蝶形骨に触れたい衝動に駆られて、僕の手は彼女の眼帯に引き寄せられる。手のひらがそこに到達するわずか前に、血だらけの彼女の顔から眼帯が剝がれ落ちて、僕の視界と意識は同時になくなった。
* * *
――永い夢を見ていた。
六時間足らずの睡眠時間にはとても収まりきらないほど濃い内容だった。
「────ぁ」
疲れた。
寝たことによって疲れるとは何事だと思いながら、大きく伸びをする。
俺は、毎日夢で前世の記憶を見ている。
ひ弱な奴だったようだ。俺なら好きな女を悲しませたりしない。
『ずっとずっと、愛し続ける』
Fin.
ありがとうございました。
読み返すと本当にもう…………!!!
……もう何も言いません。
すみませんでした。
生クリームのほう、頑張ります。
では。
駆り出されたうさぎ
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
こんな痛みを感じ続けるくらいなら、死んだ方がましだ!
「………………
──本当は。
本当は、痛みなんて耐えていける程度のものだった。
本当は――本当は、目を背けたかっただけだった。痛みにかこつけて、認めたくないだけだった。
でも。
駄目だった。無理だった。振り切れる程度の痛みなどで誤魔化せるほどの圧迫感ではなかった。
「……………くッ……」
好きだった。
好きになっていた。
僕でも気付けなかったレベルでだけれど、確実にこれから本気が出てくるような気持ちだった。
要は僕はあの変な眼帯女が好きなのだ。
そして、──それは。
僕が眼帯女を好きになるという事象は。
「…………宿命」
それは、前世から定められている運命だったのだ。僕がどう足搔こうと、僕自身の気持ちだとどれだけ叫ぼうと、僕が彼女を好きになるのは決まっていたことなのだ。
眼帯女が転校してきたときに覚えた違和感は、前世の記憶のせいだったのである。はっきりしなかった女の顔がようやく鮮明に見えた。それはあの眼帯女だった。瓜二つというレベルではない、そのままだ。どういうわけなのか、前世の僕は、少し前まで僕と会話していた眼帯女と恋に落ちていたようなのである。
「………最低だ」
全く意味が分からない。理解できない。
何故何十年、いや下手をすれば何百年前の人間がこの時代に生きているのだ。それだけではない、容姿も、声も、何も変わっていないではないか。ふざけているとしか思えない。とても現実で起こっていることとは思えない。……それを言ったら、僕の持つ前世の記憶というのも現実世界ではあり得ないことなのだろうが。
自分の心の中の一番デリケートな部分が最初から決められた動きしか出来ないなんて、最悪だ。プログラミングされたコンピュータと同じではないか。
「……もうやだ」
「そんなこと言わないで」
「!?
僕独りの世界であるはずの、まどろみにも似た“無意識”の中で、不意に僕のぼやきに答えた声に戦慄が走る。
「――私は貴方が好きだよ? 愛してるよ? 私はそれが嬉しいよ
聞こえる声は聞き慣れた眼帯女のものだが、響きもトーンもいつもとは全然違う。別人のそれにすら聞こえるほどだ。
「それなのに貴方は、私のことを愛すのが嫌なの? そんな悲しいこと言わないで」
何色なのか、何か見えているのかさえ分からない、そんな世界の中に、ひとつだけはっきりとしたものが見えた。
――眼帯女である。
「お前………」
「ねえ、前の貴方は自分の命よりも私を大切にしてくれたよ?」
「前の僕って……あの剣士か」
眼帯女の様子がおかしい。
僕の“無意識”の中に入ってきた時点でおかしいのだが、いつもの彼女とは明らかに違う。
何も着ていない。
口角が不自然に歪んでいる。
瞳孔が開いている。
――気付いた。
「・・眼帯・が・、・・無い……
白い布カバーが取り外されたそこには。
「右目くらいなくても、貴方は私のこと愛してくれるでしょう?」
「なんで……」
眼帯の下には、あるべき眼球がなかった。
「……ぅぐ」
見慣れないグロテスクな画に、目を逸らさざるを得なかった。
「右目くらい……貴方と何度も巡り会うためなら、要らないって思ったから……」
人間とは思えない神経である。
「お前それ……どういうこと」
「私はね、“永遠”を生きてるの。生まれ変わる少し前に神様にお願いして、右目と交換してもらったんだ」
「……“永遠”、を……?」
「そうだよ。ずぅっと前の私は、貴方を置いて死んじゃったから……私は貴方が大好きだったから、そんなの嫌だったの」
滔々と言葉を紡ぎながら、じりじりと僕の方へ寄ってくる女。左目の真剣さが強すぎて逸らせない。限りなどないはずなのに、何故か背中の汗が止まらなかった。
「だから今度は、貴方が私を好きなうちに……嫌いになっちゃわないうちに……次の貴方になってもらうことにしたんだ」
「次の僕って……」
その意味に気付き、足が勝手に痙攣を始める。
「貴方はもう、私のことを好きなのが嫌になってしまったんでしょう? そんなの嫌だよ……だから」
「やめろ…………」
いくら命令しても、足が思うように動いてくれない。
動け。動け。動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け!!!
「だったらもう、私の全部を嫌いになっちゃわないうちに、貴方の時を止めてしまうしかないでしょう?」
「やめろ……やめろよ……!」
「もう、気づいてるんでしょう? 貴方は――」
「やめろぉぉぉぉおっ!!!!!
「貴方は、私を愛する為に生まれてきたの」
腹のあたりに、生温かい何かを感じた気がした。
吐き気を催すような鋭い痛みに意識を取り戻す。通い慣れた学校の保健室のベッドと思われる白いシーツに横たわっていた僕の視界には、抑揚のない真っ白な壁より手前に、眼帯女の姿が映っていた。近すぎて、ぼやけてしまっている。腰や胸、首などのあたりの圧迫感から、彼女が僕を押し倒すような形で僕の身体を押さえつけているのが分かった。
「………ぐっ……ぁ……ッ………」
「またね」
二センチくらいの距離で、熱い吐息とともに言葉を受け止める。
何故かどうしようもなく眼帯女の眼窩――蝶形骨に触れたい衝動に駆られて、僕の手は彼女の眼帯に引き寄せられる。手のひらがそこに到達するわずか前に、血だらけの彼女の顔から眼帯が剝がれ落ちて、僕の視界と意識は同時になくなった。
* * *
――永い夢を見ていた。
六時間足らずの睡眠時間にはとても収まりきらないほど濃い内容だった。
「────ぁ」
疲れた。
寝たことによって疲れるとは何事だと思いながら、大きく伸びをする。
俺は、毎日夢で前世の記憶を見ている。
ひ弱な奴だったようだ。俺なら好きな女を悲しませたりしない。
『ずっとずっと、愛し続ける』
Fin.
ありがとうございました。
読み返すと本当にもう…………!!!
……もう何も言いません。
すみませんでした。
生クリームのほう、頑張ります。
では。
駆り出されたうさぎ
必殺・場面転換の技。
というわけで、ここは僕の通い慣れた高等学校である。先に妹にも主張した通り、僕は一年の一学期に友達は作っているので決して学校で独りになることはない。
「きりーつ、れーい」
小学校から変わらない号令を聞き流して、席に着く。やる気があるようには見えない中年の担任からはいつも通り自分には関係のない連絡が言い渡され、今朝もショートホームルームは滞りなく終わ――
「――えー、今日から新しく皆さんのクラスメイトになる子が来ております。はい、君、入って」
二年生の二学期というそれなりに中途半端な時期の転校生に、ただでさえざわついていた教室が一層騒がしくなる。
「――初めまして」
生徒たちのざわめきが、不自然なほどに大きくなる。疑問の声色も、そこには少なからず混じっていた。
入ってきたのは、高校二年生という実年齢より少し幼く見える程の顔立ちをして、制服のスカートを折ることもせず真面目に着こなす小柄な少女だった。
そんな、割に普通の容姿にも関わらず僕らが疑問符を発したのにはそれなりに理由があった。
「――まあ、こういう子だからといって除け者扱いなんかしないように」
その担任の言葉が何より彼女を除け者にしている気はしたが、“こういう子”という表現が全く的を射ていた故に、誰も何も言うことはしなかった。
彼女のその短い髪は、銀髪と呼ぶには躊躇いを覚えるほどの眩しさを湛えた白髪であり、彼女の右目は、円らな左目とは対照的に、あの薬品臭い建物を思い起こさせる眼帯が被せられていたのである。
「………」
用意された席に何を気にするでもなく近寄り鞄を置く転校生に、周囲の席を拠点としている生徒たちは気まずそうに仲間内で苦笑いを交わした。
一瞬にして訪れた異様な空気に耐え切れず、僕は体調不良を訴えて教室を出た。
あながち間違った理由ではない。彼女――転校生の少女が目に入った瞬間に心を覆った不穏な違和感。僕が体調不良ならぬ心調不良に陥った第一の原因だ。頭が痛かった。彼女は一体何なのだ。
ロビーの来客用ソファに倒れ込む。そのまま瞼を閉じ、身体と脳にしばしの休息を与える。
しかしそれもつかの間の休みとなり、控え目な足音によって中断された。ゆっくりと目を開き、主を確認しようと後ろに目を向けると――
「あ……移動教室、なんですけど」
白髪を見まごうこともなかろう、それは確かに転校生だった。
「あの、教員室に寄っていたら、場所が分からなくなってしまって……」
「生物室だっけ? このフロアだよ。あ、今何人か降りてきたからそいつらについて行きな」
「あ、ありがとう……またお願いします」
普通に立ち去ろうとする少女に、違和感の正体を求めようと声をかける。
「あのさ」
「はい?」
「あの……どっかで会ったことあったっけ?」
「貴方と私が、ですか? ごめんなさい、記憶力が良い方ではないので……会ったことがあるかもしれませんが、私は覚えていませんでした」
「そっか……」
大した収穫はなかった。大抵の人間はそう答えるよなぁと思いながら、華奢な後ろ姿を目で追う。
違和感はまだ拭えていなかった。
* * *
眼帯少女が転校してきて一ヶ月ほどが経った。
他人行儀な言葉づかいと内向的な性格が邪魔をして案の定友達は出来ておらず、転校初日に比較的長時間話した僕に、くっついて来るようになった。
「……今日の放課後は、何か用事がありますか?」
「別に、暇だけど?」
「えっと、……一緒に帰ったりとかは?」
「まあ、いいけど」
「では、えっと……帰りましょうか」
なんだかよく分からない空気の中、僕らは通学路に出た。
「お前はさ、何でそんなに他人行儀なわけ? 友達とか、作らないの?」
「……言うほど楽ではないんですよ? 友達を作るっていうのは」
「いや、まあ、それは分かるけどさ。まずその敬語をどうにかすれば、大分変わると思うよ?」
「そう……ですか? ううん……」
「何? なんか拘りでもあるの」
「いえ……何というか、ずっとこれで生きてきたものですから、今さらタメ口とか……使い方が分からないというか
「はあ? タメ口の使い方が分からないって、どういうこと? 使い方も何もないんじゃない」
「いえ……本当に、よく分からなくて」
「………じゃまあ、アレだ。僕と話をするときに練習すればいいよ」
「それは……。そうですね、やってみます」
「うん。じゃあ……うーん、好きな食べ物は何?」
「好きな食べ物………。焼きそばパン、ですかね。あ、いや、かな?」
やばい、この娘敬語外したら結構可愛いわ。いや、声が可愛いのは気付きかけていたけど、急に女の子っぽくなるし、ちょっと恥ずかしそうなのもなんかぐっと来る。
「……焼きそばパンが、………好きだよ?」
「…………」
こ、これは………!
想定外の破壊力だ……!!
「こんな感じで、合ってるのかな?」
「合ってる合ってる! っていうか、お前絶対敬語やめた方がいいよ」
「………そっか。嬉しいなぁ」
ぐぬぬぬぬ。
レベルが高いよ!
これがずっと続くなら……僕は……僕はもう………ああああああああああっ!!
「……どうしたの? 大丈夫?」
「ゲホッ、ゴホッ、大丈夫だよ……」
正直非常に危険な程萌えたとかは言えないので、咳払いで誤魔化す。
………誤魔化せていたのかな……?
「えっと……焼きそばパンか。食べてるの見たことないけど、購買で売ってるよ?」
「そうなんですかっ!? あ、えっと、今度買ってみようかな……」
「うん。あーでも、結構並ぶよ? 付いてこっか?」
「え? あ、うん。ありがとう……」
雰囲気的に、なんか凄そうなものが好きなのだと勝手に予想していた。失礼なことをした、しかし焼きそばパンとは……。随分と、なんというか、庶民的なものを好むものだ。女の子って、チョコレートだとか果物だとかそういう甘いものが好きなのだと、これもまた勝手に思っていた。
先入観って怖いなあ。
「えっと、じゃあ貴方は何が好きなの?」
「え? 僕? うーん」
おわぁ。
この上目遣いとかヤバいわ。
なんで今まで気付かなかったんだろう。
なんか急に勿体なくなってきた。
「…………」
ここで『僕が好きなのはお前だ』とか言ったら格好いいよなぁ。
……クサすぎるか。逆に気持ち悪いな。
「僕が好きなのは……」
やっぱり好きな食べ物を普通に教えるのがベタだろう。
「僕が好きなのは、お前だよ」
……………え?
えええええええ!?
「えっ?」
えええええええええっ!!?
「あ、いや、その」
「えっと……あの………」
やべぇ。
これはやべぇ。
「………ごめん、あの、違うんだよ!」
「……えっと……」
「ごめん! 本当ごめん!」
「なんか……違うとか、謝られると逆に傷付くんですけど……」
「え? ………あ、ごめ、……いやあの」
どうしよう。
敬語に戻ってしまった……!
「僕は………ええと、僕が言いたいのは……僕が、決してお前のことを変な目で見てたわけじゃないってことで」
自分を落ち着かせるために、一度立ち止まって深呼吸する。
「……僕はお前のこと、嫌いじゃないから」
「…………はあ」
半分呆れたような、でも半分はホッとしたような表情の眼帯女を見て少し安心する。
「………私は、貴方のこと、が………」
「ん?」
「えっ!? いえ……何でもないです!」
──この眼帯女は、少しおかしい奴だが悪い奴ではない。そう思う。そしてその『悪い奴ではない』が『いい奴』になったとき、こいつの周りはきっと人が集まるんだろう。この調子なら、そのときはすぐ来ると思う。
───────!?
「ぐ……………ぁっ……!?
「どっ……どうしました?」
「あ………頭、が………っ」
「痛いんですか!? どうしましょう……大丈夫ですか!!?
大丈夫ではなかった。頭が、割れそうなどという月並みな言葉では表現できないほどの痛みに襲われる。痛覚は既に麻痺しかけていた。
見えていた景色が歪む。同時に痛みが限界を通り抜けて、急に、圧縮されたような映像と言葉が脳髄に流れ込んでくる。
自分でも何が起きているか分からないのに、脳がそれを何故か拒絶して、その感覚と、それが分かる自分にも吐き気を覚えた。
膝がアスファルトと摩擦される感触がぼんやりと脳に伝えられる。続いて視界の隅に眼帯女の屈む姿が映り、僕の意識はそのまま飛んだ。
というわけで、ここは僕の通い慣れた高等学校である。先に妹にも主張した通り、僕は一年の一学期に友達は作っているので決して学校で独りになることはない。
「きりーつ、れーい」
小学校から変わらない号令を聞き流して、席に着く。やる気があるようには見えない中年の担任からはいつも通り自分には関係のない連絡が言い渡され、今朝もショートホームルームは滞りなく終わ――
「――えー、今日から新しく皆さんのクラスメイトになる子が来ております。はい、君、入って」
二年生の二学期というそれなりに中途半端な時期の転校生に、ただでさえざわついていた教室が一層騒がしくなる。
「――初めまして」
生徒たちのざわめきが、不自然なほどに大きくなる。疑問の声色も、そこには少なからず混じっていた。
入ってきたのは、高校二年生という実年齢より少し幼く見える程の顔立ちをして、制服のスカートを折ることもせず真面目に着こなす小柄な少女だった。
そんな、割に普通の容姿にも関わらず僕らが疑問符を発したのにはそれなりに理由があった。
「――まあ、こういう子だからといって除け者扱いなんかしないように」
その担任の言葉が何より彼女を除け者にしている気はしたが、“こういう子”という表現が全く的を射ていた故に、誰も何も言うことはしなかった。
彼女のその短い髪は、銀髪と呼ぶには躊躇いを覚えるほどの眩しさを湛えた白髪であり、彼女の右目は、円らな左目とは対照的に、あの薬品臭い建物を思い起こさせる眼帯が被せられていたのである。
「………」
用意された席に何を気にするでもなく近寄り鞄を置く転校生に、周囲の席を拠点としている生徒たちは気まずそうに仲間内で苦笑いを交わした。
一瞬にして訪れた異様な空気に耐え切れず、僕は体調不良を訴えて教室を出た。
あながち間違った理由ではない。彼女――転校生の少女が目に入った瞬間に心を覆った不穏な違和感。僕が体調不良ならぬ心調不良に陥った第一の原因だ。頭が痛かった。彼女は一体何なのだ。
ロビーの来客用ソファに倒れ込む。そのまま瞼を閉じ、身体と脳にしばしの休息を与える。
しかしそれもつかの間の休みとなり、控え目な足音によって中断された。ゆっくりと目を開き、主を確認しようと後ろに目を向けると――
「あ……移動教室、なんですけど」
白髪を見まごうこともなかろう、それは確かに転校生だった。
「あの、教員室に寄っていたら、場所が分からなくなってしまって……」
「生物室だっけ? このフロアだよ。あ、今何人か降りてきたからそいつらについて行きな」
「あ、ありがとう……またお願いします」
普通に立ち去ろうとする少女に、違和感の正体を求めようと声をかける。
「あのさ」
「はい?」
「あの……どっかで会ったことあったっけ?」
「貴方と私が、ですか? ごめんなさい、記憶力が良い方ではないので……会ったことがあるかもしれませんが、私は覚えていませんでした」
「そっか……」
大した収穫はなかった。大抵の人間はそう答えるよなぁと思いながら、華奢な後ろ姿を目で追う。
違和感はまだ拭えていなかった。
* * *
眼帯少女が転校してきて一ヶ月ほどが経った。
他人行儀な言葉づかいと内向的な性格が邪魔をして案の定友達は出来ておらず、転校初日に比較的長時間話した僕に、くっついて来るようになった。
「……今日の放課後は、何か用事がありますか?」
「別に、暇だけど?」
「えっと、……一緒に帰ったりとかは?」
「まあ、いいけど」
「では、えっと……帰りましょうか」
なんだかよく分からない空気の中、僕らは通学路に出た。
「お前はさ、何でそんなに他人行儀なわけ? 友達とか、作らないの?」
「……言うほど楽ではないんですよ? 友達を作るっていうのは」
「いや、まあ、それは分かるけどさ。まずその敬語をどうにかすれば、大分変わると思うよ?」
「そう……ですか? ううん……」
「何? なんか拘りでもあるの」
「いえ……何というか、ずっとこれで生きてきたものですから、今さらタメ口とか……使い方が分からないというか
「はあ? タメ口の使い方が分からないって、どういうこと? 使い方も何もないんじゃない」
「いえ……本当に、よく分からなくて」
「………じゃまあ、アレだ。僕と話をするときに練習すればいいよ」
「それは……。そうですね、やってみます」
「うん。じゃあ……うーん、好きな食べ物は何?」
「好きな食べ物………。焼きそばパン、ですかね。あ、いや、かな?」
やばい、この娘敬語外したら結構可愛いわ。いや、声が可愛いのは気付きかけていたけど、急に女の子っぽくなるし、ちょっと恥ずかしそうなのもなんかぐっと来る。
「……焼きそばパンが、………好きだよ?」
「…………」
こ、これは………!
想定外の破壊力だ……!!
「こんな感じで、合ってるのかな?」
「合ってる合ってる! っていうか、お前絶対敬語やめた方がいいよ」
「………そっか。嬉しいなぁ」
ぐぬぬぬぬ。
レベルが高いよ!
これがずっと続くなら……僕は……僕はもう………ああああああああああっ!!
「……どうしたの? 大丈夫?」
「ゲホッ、ゴホッ、大丈夫だよ……」
正直非常に危険な程萌えたとかは言えないので、咳払いで誤魔化す。
………誤魔化せていたのかな……?
「えっと……焼きそばパンか。食べてるの見たことないけど、購買で売ってるよ?」
「そうなんですかっ!? あ、えっと、今度買ってみようかな……」
「うん。あーでも、結構並ぶよ? 付いてこっか?」
「え? あ、うん。ありがとう……」
雰囲気的に、なんか凄そうなものが好きなのだと勝手に予想していた。失礼なことをした、しかし焼きそばパンとは……。随分と、なんというか、庶民的なものを好むものだ。女の子って、チョコレートだとか果物だとかそういう甘いものが好きなのだと、これもまた勝手に思っていた。
先入観って怖いなあ。
「えっと、じゃあ貴方は何が好きなの?」
「え? 僕? うーん」
おわぁ。
この上目遣いとかヤバいわ。
なんで今まで気付かなかったんだろう。
なんか急に勿体なくなってきた。
「…………」
ここで『僕が好きなのはお前だ』とか言ったら格好いいよなぁ。
……クサすぎるか。逆に気持ち悪いな。
「僕が好きなのは……」
やっぱり好きな食べ物を普通に教えるのがベタだろう。
「僕が好きなのは、お前だよ」
……………え?
えええええええ!?
「えっ?」
えええええええええっ!!?
「あ、いや、その」
「えっと……あの………」
やべぇ。
これはやべぇ。
「………ごめん、あの、違うんだよ!」
「……えっと……」
「ごめん! 本当ごめん!」
「なんか……違うとか、謝られると逆に傷付くんですけど……」
「え? ………あ、ごめ、……いやあの」
どうしよう。
敬語に戻ってしまった……!
「僕は………ええと、僕が言いたいのは……僕が、決してお前のことを変な目で見てたわけじゃないってことで」
自分を落ち着かせるために、一度立ち止まって深呼吸する。
「……僕はお前のこと、嫌いじゃないから」
「…………はあ」
半分呆れたような、でも半分はホッとしたような表情の眼帯女を見て少し安心する。
「………私は、貴方のこと、が………」
「ん?」
「えっ!? いえ……何でもないです!」
──この眼帯女は、少しおかしい奴だが悪い奴ではない。そう思う。そしてその『悪い奴ではない』が『いい奴』になったとき、こいつの周りはきっと人が集まるんだろう。この調子なら、そのときはすぐ来ると思う。
───────!?
「ぐ……………ぁっ……!?
「どっ……どうしました?」
「あ………頭、が………っ」
「痛いんですか!? どうしましょう……大丈夫ですか!!?
大丈夫ではなかった。頭が、割れそうなどという月並みな言葉では表現できないほどの痛みに襲われる。痛覚は既に麻痺しかけていた。
見えていた景色が歪む。同時に痛みが限界を通り抜けて、急に、圧縮されたような映像と言葉が脳髄に流れ込んでくる。
自分でも何が起きているか分からないのに、脳がそれを何故か拒絶して、その感覚と、それが分かる自分にも吐き気を覚えた。
膝がアスファルトと摩擦される感触がぼんやりと脳に伝えられる。続いて視界の隅に眼帯女の屈む姿が映り、僕の意識はそのまま飛んだ。