夢の場所に立つために。

私は、不安と戦う…。


パニック発作持ちで、なおかつ…他人の輪に入ると…


神経を恐ろしく使う私。


こんな私が、「教習所」に通うなんて。


「もしかしたら…間違いだった?」


明日が入所式という、前日の夜。


私はかなり悩んでいた。


と、言うか「予期不安」と戦っていたのだ。


一人 で、通所のバスに乗らなけりゃいけない。


そこにも、教習所にも。


「まったく知らない人」が、いっぱいいるのだ。


まずい…。動悸が静まらない。


なんだか、発作みたいだ。しかも、気分まで悪くなってくる。


「こんな…こんな私が、教習所なんて…いけるの?」


自分が最高に嫌になってきて、落ち込んで来る。


ほとんど眠れないまま、それでも朝はやってきた。


近くまで来るバスの時間に合わせて、私は出かけた。


母に


「一緒に行こうか??」


と、言われながら。


でも、さすがにそれは「恥ずかしい」と思った。


好きな事をしに行くんだから、私はこんな所で迷っていてはいけない…と。


入所式で、色々な説明をしてもらう。


そして、「適正テスト」があった。


このテスト。かなり曲者だ。


と、言うか…馬鹿にしてる。


「急に死にたくなったりする」


とか


「時に知らないうちに暴力を振るっている」


とかだ。


いや、急に死にたくなるけどさ。


ここで、そこに「○」なんかつけたら…どうなるんだろう;;


こういうのを「装う」のは得意だ。「普通の人」を。


めでたく、私は適正テストに合格した。

私の夢。

全てをかけても惜しくない。

だから、その夢の第一歩へと…。


チャットレディという、闇のアルバイトをしている日々。


不安定になる精神は、時として爆発。


私は、隣の家の息子さんが…車の免許を取り。


しかも、素敵な車に乗っているのに気づいてしまったのだ。


私よりも随分と、年下なのに…。


働いて、免許とって、車も持っていて…。


私が理想とする姿そのものだった。


私はどうかというと、あの頭の病気以来…車には無縁で。


アニメを見て楽しむぐらいで。


私、何やってるんだろう。


働いたお金で、中古車ぐらいなら買えたのに…。


そう思って貯めなかったのは、免許がないせい。


それ所か、私は…この目で、体で免許が取れるの?


それを考えるのが不安で、仕方なかった。


「私、免許ほしいのっ。どーしても取りたいのっ。車を運転したいのっ」


泣きながら私は叫んだ。

「…そんなに思ってたのか…」


ほとんど口に出さなかった私に、父は驚くばかりだった。


素敵な車を見てはキャーキャー騒ぎ。車のレースを見に行ってるだけで、満足。


そう思っていたのかもしれない。


私の頭の端には、「もう免許のお金は病院に使っちゃったな」


という、父の何気ない一言もずーっとわだかまっていた。


私は、その週の土曜に…教習所へと行った。


お金は両親がなんとか、ローンで払ってくれるという。


やっと、夢の第一歩・・・だった。

やっと、昔の話も終わったようです。


「第二の病院へと」


は、もう少しで終わりになります。


これからは、そう昔の話でもないので…。


最近の話に、書いていきたいと思います。


さて。


こまで読んでくださった方は、どう思われているでしょうか…。


時系列が前後したりして、申し訳ありませんでした。


思うのが、私は中学生~病院にいくまでの間。


あまり「記憶」がないという事です。


感情を押し殺し、遠くから自分を見ているかのような生活の日々。


些細な衝動でリストカットをしたり、そうしている割には毎日の記憶があまりないのです。


ので、時系列がバラバラになったりしてしまい…。


あと、パソコン通信時代は長い割りには、あまり代わり映えのないメンバーでしたので。


どうも、人物がごっちゃになってしまっていますね…。反省。


昔もweb上で日記をつけていたのですが、それを保存していないので…。


いまいち、いつ誰と、どの順番でオフしたのかがわかりません;;;



最近は、また鬱の時期がやってきたようで…無気力続きです。


バイトもまだしてませんし、病院通いの日々。


あとは、親と買い物に行くのが楽しみなだけです。


その親も、もういい年です。


父親に定年の年齢になっても働かせてしまっている、そんな自分に嫌気がさします。


ネット上の仲間とは、mixiなどを通じて時々話すだけで今はチャットもしてませんし、


部屋自体が存在しなくなっているようです。


では、近況までですが…。


もう少しだけ「第二の病院」話を続けます。

今、ここに。

「死」が横たわっている。


年末も押し迫った頃だという事で、密葬という形をとる事になった。


イトコ4人も、家族全員も…火葬場へと行った。


時間がたち…出てきたのは。


「白い骨」だった。


何もかも、燃えてしまい残ったのはこれだけ。


口うるさい祖父も、こんな姿になってしまった・・・・。


その時、自分の瞳から涙が流れているのを感じた。


そして、「人はなんて、儚い生き物だろうか」と感じた。


あんなに気丈で、口うるさくて…。私が大嫌いだと思っていた祖父。


その祖父も、死んでしまって…今、目の前には白い骨しか残っていない


誰にも、平等に。こうやって「死」はやってくる。


じゃぁ、私は毎日…何に嘆き、そして呪い、死を欲していたのだろう。


私にも時がくれば、こうやって焼かれるときが来るのだろう。


そして、それは今ではないのだろう・・・。



奇妙な感覚だった。何か、その白い骨を見た瞬間に降りてきたのだろうか。



私は、もう死ぬのは…リストカットはやめよう。


リストカットしても、しなくても…私にも「死」はやってくるのだから。


それまで、精一杯もがいてみよう。



そう、思ったのだ。


帰りの車の中、私はポツリとつぶやいた。


「何もなくなっちゃったねぇ…おじいちゃんも。私、臓器提供しようと思う」


他のイトコは何も言わなかった。


「どうして?」


誰かが聞いた。


「骨だけしか残らないなら、私…誰かの役に立って死にたい。燃やされて何もなくなるなら、


必要としている人に…全てあげたいと思うよ」


それは、随分前から考えていた事だったが、親以外に話したのは初めてだった。


「そうだよね…誰かの体の中で生きるのも、いいかもしれない」


仲のいいイトコが言った。


最後には皆も、うなずいていた。

私が望んでいたもの。

私が願っていたもの。


死は公平に、人に降り注ぐ。


貴方にも。


私にも。



口うるさく、私の事を酒の席で笑いものにしてきた、祖父。


その祖父が、亡くなった。


連絡は直接、家には入らなかった。


きっと、また母が電話料金払い忘れてたのだろう。


父が夕方、早くに帰宅して…その事を告げた。


母は聞いたしりから、「あわわ」とでも言い出しそうな状態だった。


「用意していくから、用意しろ」


父が言っている事も、頭に入っているのか疑わしい。


私はなんの感情の変化もなく、淡々と用意を始めた。


母を追い立てつつ。


そういえば、中学生の時に祖母が亡くなった時も、こうだった。


目の前で母が動揺していて、私は同様できなかったのだ。


第一発見者は、一緒に暮らしていた年下のイトコだった。


イトコ、祖父、そして例のおじさんという、男3人暮らしが続いていた。


昔から私の目にも、母方の夫婦はうまくいってなかったと思う。


イトコの結婚式があった頃から、おばさんは女の子二人をつれて…


近所ではあったが別居をしていた。


年下のイトコが、祖父を起しに行った時にはもう冷たかったという。


祖父は布団のなかで、天国へと旅立った。


10数年前、早くしてなくしてしまった…愛する祖母の元へと。


玄関先で「顔を見るのはいやよぉぉ」と泣き叫ぶ母をおいて、私は部屋へと入った。


「蘭華ちゃーん。おじいちゃんがっっ」


半泣きでイトコは立っていた。


「うん…。大変だったね」


私は一番が中がいい、そのイトコの肩を抱きながら言った。


「顔、見てあげて」


見せてもらった祖父は苦しんだのか、少しけわしい顔。


額には血管が浮かんでいて、苦しんだ事を物語っていた。


「おばちゃん。ちゃんとおじいちゃんの顔、見てあげて。な?」


母を支えて、イトコが戻ってきた。


「そうだよ…ちゃんと見てあげて」


私は母に言った。


母は祖父の顔を見て、ただひたらすらに泣いていた。


私はといえば。


悲しいのは悲しいんだけど、なんだか・・・安らかな気分でもあった。


口うるさい人が、死んだ。そういう理由もあるだろうが。


今、明日、死にたいとずっと思っていた私の、目の前に「死」がある。


こんなに身近に「死」が横たわっていたのだ…。

輝かしい未来に乾杯。

変わってしまった私に、乾杯。



リストカッターで、そして鬱のままの時。


私は、年下のイトコに結婚式に出る事が決まった。


自分よりはるか年下の、男のイトコで。


幼馴染との「出来ちゃった結婚」だった。


ハンガーにかかりっぱなしの、オレンジのスーツ。


到底、太りまくっていた私にはもう「入りもしないスーツ」。


じゃぁ、何を着ようか?


そういえば、前回…年上のイトコの結婚式には、何を着てただろう。


フと思い出した。


緑色のワンピース。


そう、あれはラプンツェルの頃の私だ。


写真を見てもビックリするほど、長い髪をウェーブさせ。


緑色のワンピースに、飾り気はあまりない。


「若さ」と「細さ」だけが目立つ、そんな姿だった。


でも、目が冷たく…死んでいるよう。ツンとすましていて…。


あのワンピースは何ヶ月、絶食すれば入るだろうか。


いや、そんな出来ない事は考えない方がいい…。


仕方なく、繁華街へ母と洋服を買いに出かけた。


「振袖」という手もあったが、私は着付けにお金をかけるぐらいなら…


カラードレスを買ってほしいと思った。


それでなくても、二十歳に着た振袖姿は…後姿が醜かった。


そんなに太ってもいないのに、出っ張ったお尻と太もも。昔から大嫌い。


最初は13号の青色のドレスを見ていた。


とっても綺麗な色で、素敵なシルエット。


でも、試着室で来てみれば…「なんだか無理がある」ウエスト。


昔は7号が平気で入るのが自慢だった私が。


今は13号さえもきついのか…。


試着室でゾッとした。


結局、エメラルドグリーンの15号のカラードレスを買った。


左手にはリストカットの跡が残っている。それを隠すようにブレスレットをして。


私は結婚式に出た。


年下のイトコ達と撮った写真は、私だけがでっぷりとしていて…。


ああ、これが私か…と現実を目の前にした。


そんな暗い気分をごまかすように、私はテンションを上げた。


一番、年の近くて仲のいいイトコに…抱きつき。


「ねぇ、ダーリン♪」


なんて、冗談を言えば。


「なんでダーリン??!」


とか、目を白黒させて面白い。


「なんか結婚願望が強いのねぇ。蘭華ちゃん」


イトコのおばさんに言われる。


そう、私はきっと結婚できないだろう。


こんな風に幸せな門出は迎えられないだろう。


ゴミの中で、親の死を待ち…そして自分は孤独にどう生きていくのだろう。


結婚したい。


でも、私は…自分の親と一緒になるのが怖い。


子供を上手く養育できなくて、家をゴミの山にして…、子供を精神病にさせてしまう。


そんな自分が簡単に想像つくから。


だから、結婚は出来ない…怖いから。


仮初でも、冗談でも。


一番、仲が良くて…嫌いじゃないタイプの年下のイトコの、


腕に抱きついているのは心地よかった。


きっと、誰にも・・・・こんな事は出来ないだろうから。


こんな風なことを考えてるなんて、今の周りの誰が知ってるんだろう。


「いい鞄持ってるー蘭華ちゃん」


年下のイトコがニコニコ笑いかける。


彼女は細くて、ちょっとお水っぽいけれど若くてピチピチしていて。


私は、あんな風にピチピチしていた頃…家の中で絶望していた。羨ましい。


「そう?ありがとうー」


笑って言葉を返すけど。


父が後ろで彼女と話していたのを、知っていた。


きっと病気の事を、それとなく話したんだと思う。


だから、彼女の言葉がお世辞なのか…気遣いなのか、本音なのか。


私には、わからなかった…。



何も聞きたくない。

何も見たくない。

私は貝になりたい。

ううん。「消えてしまいたい」



私がリストカッターだった頃も、そして今でも。


嫌いなのは


「正月」と「お盆」。


いつ頃からか、私と両親は「正月」と「お盆」は


親戚まわり


と、決まってしまっていて。


父方、母方の親戚の家へと行くのが当然。



父方には、戦前生まれの厳格な母、


堅いを絵に描いた、父とは全く違うおじさん、素朴なおばさん。


年の離れたイトコが二人。


少し遠い所に済む、気さくなおじさんおばさん。



母方には、戦争を知っているデリカシーのない祖父。


自分の事しか考えてない、自己中心的なおじさん。


派手目で言いたい事は言い、おじさんといつも喧嘩しているおばさん。


年の近い、イトコが4人。



ひとまず、どちらへ言っても苦痛。


父方へ行けば、「品行方正」を絵に書いたような姉のイトコ。


母方へ行けば、「自己中心的」な人が二人。


お正月とお盆は、


「心が傷ついてもうだめだ。死にたい」


と思うような言葉が、普通に飛び交うのだ。


ピアスを開けた私を見て、戦前生まれの祖母が


「パンパン(娼婦)か」


と言うかと思えば。


その祖母なきあと、気さくなおばさんが(父の姉)が…


「ねぇ。結婚とかどう考えてるの」


とか、サラッという。


母方では、祖父とおじさんが一緒になって


「お母さんに似てきた。そっくりだ太ってからに」


と、笑いあう。


私がニコニコ笑ってるから、傷ついてるってわからない。


でも、そろそろ限界だ。


「…今年は親戚周りはやめる」


父が私の状態を心配して、言った。


「もう何も言わないでやってくれ。傷ついてリストカットするんだ。


今の蘭華には、普通の事も辛い。ましてや傷つくような言葉が多いから」


父は、親戚に電話をしてくれた。泣いて取り乱す私の前で。


「あの時、どこかへ行って何かを言われる度に、酷くリストカットするお前が怖かった。


いつか事故ででも、死んでしまうんじゃないかと」


後から父がそう言った。


そう、いつ事故で死んでもおかしくないくらい。


私の右手、左手は傷つき。


時には太ももを傷つけ…、ドアノブで首を吊った。


誰にも触れられない、何も言われない、見られない。


そんな場所に行ってしまいたかった。


それは、私にとっては「死」しかないように思えた。

私は心を病んでます。

でも、貴方も病んでるのではないんですか。

気づかないのは、私よりももっと病んでるからではないですか。



「本当の病気の奴は、自分を病気だと気づかない」


とは、父の台詞です。


私は自分で「これは異常だ。私は正常ではない。病気だ」


と、気づき病院へ行こうと決心できただけ…まだ「マシ」だったのかもしれません。


母は


「自分のどこが病気だというの」


と、言う態度でした。


でも、貴方の何をとって…「正常」つまり、「一般の人と同じ」だといえるのか?


と、私は常に不思議に思っていました。


異常だと思うぐらいの、近所の人への疑心暗鬼。


神経質なのは言うまでもなく、なのにこの「ゴミ屋敷」一歩手前の状態。


母はいつしか、「物を捨てる」のが怖くなっていたのです。


もし、捨てたあとに必要になったらどうするの?


もし、捨てたあとに捨てちゃいけない物だったらどうするの?


もし、自分が独断で捨てた後に、子供や夫から「必要だったのに」と言われたらどするの?


本人は自覚してませんが、そういう感覚です。


私がゴミを捨てたとしても、ゴミ袋を…漁って確認する始末。


「ねぇ、これ捨ててあるけどいいの?」


何度も何度も、聞かれます。


「あっ。こんなもの捨ててある。おいてあったのに」


自分が少しでも必要だと感じたものは、捨てられない。


もう、これは「異常」であってなんであるのか。



もう一つ。


母は昔から「ガチャガチャ病」でした。


これは、私と父が名づけた名前。


母は家を出かける前に、玄関のドアノブを何度も引っ張ります。


ガチャガチャ


普通なら一度ぐらいで、「よし。鍵ちゃんとかかってるな」と、済む所でしょう。


ですが、また間をおいて。


ガチャガチャ


郵便受けを見て


ガチャガチャ


玄関の外にゴミがないかを確認して


ガチャガチャガチャ


…すでに、アイドリングをして待ってる父運転の車。


その後部座席で、母の行動を見て待ってる私。


ガチャガチャガチャ


「…またか。何回目だ」


父がつぶやきます。


酷い時には、数十回とそれをするのです。


こっとしては、「待って」いるのに「待たせている」感覚は、母にはありません。


自分の気の済むまで、ドアノブを引っ張ります。


「…いい加減、ドア壊れる!!」


と、こっちがイライラして切れるまで。続くのです。


挙句に。


「…ねぇ。私、ちゃんと玄関閉めたよね?」


車で出かけて、数分後そう聞くのです。


「…ドアが壊れるかってぐらいガチャガチャしてただろっっ!!」


母に自覚はありません。


指摘して、指摘して。やっと数回で済むようになったかと思うと。


また、数十回に戻り。


今度は…


「ガスの元栓、確認したよね?」


「電気消したよね?」


こういうのが、付け加えられるのです。


年々、酷くなる状態を見て…「正常」範囲をとっくの昔に超している。


「あんたも病気だから」


私が憮然と言い放つと。


「だって前、蘭華に頼んだときにかけ忘れたじゃない」


と、言い出すのです。


ちなみに、それはもう数年も前の話。


「ねぇ。あんたのどこが正常だっていうの?私は自分の精神がおかしいのに気づいてる。


でも、あんたは自分のどこが正常だって言い張れるの?」


私は自分と同じぐらいに、奇怪に行動に出てる母に尋ねました。


「ちょっと。私は病気じゃないわよ。……蘭華みたいに手首切ったりしてない」


リストカット=異常


確かに。


でも、それだけが「精神がおかしい」の基準だろうか?


「先生。母が…」


私は自分の診察のついでに、先生に尋ねてみました。


「うーん。強迫神経症だね」


先生も認めてくれました。


「これは、他人が指摘するだけじゃ病気として扱われないんですか?」


素朴な疑問。


「うーん…症状の覧には…


『本人がそれを不快と感じている』ってあるから…」


先生は医学書を読みながら説明してくれました。


「つまり本人がそれを苦痛や、不快と感じない限り…病気じゃないって事ですか」


不思議なものだ、病気とは。


本人が苦しんでいれば病気で、本人がなんとも思ってなかった…


周りが迷惑していても病気じゃないのか。


それでも、母の異質な行動は私にとっては「苦痛」でしかなく。


「…あんた自覚ないけど、色々病気だから!


私だけ薬のんで、思い出したくない事も思い出すカウンセリング受けて!


なんで、あんたは自分に対して何も努力しないの?!不公平だ!」


結局、私の涙ながらの心の叫びで・・・・母も同じ病院へと行く事になりました。

カウンセリングにて。


気づいた事。


「私」と「母」&「母の家の人」は…


「時間軸が一本しかない人」だという事。


分かり辛い表現かもしれませんが。


「見た事」「自分が知ってる時間」が全てなのです。


つまりは、「他人の気持ちになる」とか、「他の人だったらどうろう」


とかいう、仮定が出来ない人が母達です。


自分が見た事、体験した事、自分の知ってる…記憶してる時間が「全て」なのです。


自分がのほほんとお茶してる間に、娘が学校でいじめにあっていても、死のうと考えていても。


それは自分の見た事や、知ってる事ではないのて…「理解できない」のです。


私がリストカットしたとしても。


「その傷がいたそう」だとか、「その傷だ出血多量になって死ぬかもしれない」


という、恐怖や痛みは感じたとしても。


「なぜそうなるまで追い詰めてしまったんだろう」とか、「そこまで何がさせているのか」


とかは、考えられないのです…。


それを本人が自覚していないので、性質が悪いですね。


雰囲気を読み取ったり、人の気持ちを感じる事が苦手なので・・・


「私は目に見える形で叫びたかった」のかもしれないですね。


実際、叫ぶことにしましたが。

叫びたいことならいくらでもある。

目の前の人に支配され、それを心地よいと思っていた。

それはもう、昔のことだから。


私の「叫び」は、母からの支配と…そして「共依存」からの脱出だ。


私は今まで、心の奥にためて・・・腐っていた言葉を叫びだした。


物を投げ、ひそして心の奥の叫びを・・・本当に夜中に


なきながら母に叫んだ。


その間、父は何も言わないでも寝ていた。


だが、どれだけ私が「母の影」で我慢していたのか。


そして、「母の影」で私が苦しみを追っていたのを、見逃していたのか。


それを、理解してくれていた。


「苦しい時にずーっと気づいてやれなかった。ごめんな」


父は悲しそうな表情で言った。


だが、母にはそういう素直な言葉はずっと聞かれなかった。


親戚が知っている私も…「作り上げた私」だけ。


人当たりのいい、頭の回転が速い、物怖じせず、人の物事をよく聞いている。


そんな、母が望んだいい子だ。


でも、実際の私は。


優柔不断で、感情もちゃんとあって、白黒をハッキリしないと嫌なのに、その決断に・・・


戸惑う事も多い。


結局、母の望んだ「いい子」は…母の足りない部分や、頼りない部分を


「補う役目の一心同体」なのだ。


そのくせ。


「どうせ蘭華はいいわよね。お父さんとも話しが合うし。お母さんはバカだから」


私の嫌いなタイプの一人だ。


「どうせ私は」・・・・と言い、人をうらやみ。そして、自分を卑下して努力しない。


あの、元友達と同じだ・・・・。


私は母に叫び。


そして、嫌な事からは逃げた。


バイトは嫌じゃないから続けていたが、人間関係は私を時には卑屈にさせた。


私よりも立場の高い人で、同い年の女性がいた。


勝気で、背が高くて、美人で。昔、モデルまがいの仕事をしていた事。


男性は顔で選ぶといいながら、お金を持っている人にはほだされて寝てしまう。


そういう、女性だった。


「売り上げ、売り上げ」 それが口癖。


彼女は違う会社から引き抜かれ同然に来た社員で・・・


メール部門の売り上げが悪いと困るようだった。


だが、時は過ぎていて。


メールよりは、ライブカメラでチャットする方が当然となりつつあり。


メールの出会い系は衰退していくのが目に見えていた。


だから私も、在宅から出勤に変わったのに。


彼女は「今月の売り上げこれだから。よろしく」と、私以外のバイトの人にも言う。


そのバイトの人がいない所では、「遊んでるんじゃない?売り上げ上がってないし。


蘭華ちゃん、あいつサボってなかった?」


こういう感じの人だ。


私は可もなく不可もなく、そこそこの売り上げをあげて・・・・。


人付き合いもそこそこに、噂話にはうなずくだけで・・・・という感じですごしていた。


「えー。蘭華ちゃん昔は痩せてたんだ」


とか、言われて傷ついても。


「それは昔、のことですから。今の方が幸せですよ」


そう言うだけは言うようになっていた。