赤い灯、青い灯~♪
地元にいると、なかなか近くの観光地という所には行かなかったりする。
たまたま新しく出来た所であれば、物珍しさで行ってしまうことはあっても、以前からある所にはめったにでかけない。
今日は「通天閣の日」
1912(明治45)年、大阪市浪速区に通天閣が完成した。1903(明治37)年の第5回内国勧業博覧会会場跡地の西半に娯楽地「新世界」を開発した際、その中心にパリのエッフェル塔を模して作られた。
第二次大戦中に金属回収のため撤去されたが、1956(昭和31)年に再建された。
私は自分の記憶する限りではこの通天閣には行ったことがない。
一度、関東の知人が「コテコテの関西が見たい!」というので、新世界方面に行ったことはあるのだけど、なんせ行ったことがなかったので、案内というよりは一緒に観光をしたといった雰囲気だった。
通天閣も前まで行っていながら上らなかった。
実は私は高所恐怖症なので、あんまり高い所には行きたくなかったのだ。
現在の通天閣は高さが約103m、展望台は91mの高さにある。
数字には弱いので、数字で言われてもピンとは来ないものの、下から見上げてあきらかに「ダメだ、こりゃ」と感じる高さだった…
ちなみに初代通天閣が建てられたのは今から約90年前で、上がエッフェル塔、下が凱旋門を模した斬新な塔だった。(見てみたかった!!)
2台目通天閣にはいくつかの「すごいもの」がある。
まず、「大時計」は日本一の大きさ。
直径が5.5mもあるらしい。
そして、今ではさして珍しくはないが、通天閣の円形エレベーターは世界初のものだったとか…
そして、通天閣といえば忘れちゃいけないのが「ビリケン」さん。
通天閣の5階展望台にちょこんと鎮座するビリケン(BILLIKEN)さんは、1908年(明治41年)アメリカの女流美術家「E・I・ホースマン」という女性アーティストが、夢で見た妖精をモデルに制作したものだとか…
ビリケンさんは、たちまち「幸福のマスコット」「福の神」としてアメリカを始め世界中に大流行。
1911年に初来日(?)したらしい。
ビリケンさんの足の裏をなでると、合格祈願・縁結び等にご利益があるのだとか。
この「ビリケン」の名前の由来は当時の米大統領のニックネームから来ているらしい。
このビリケンさんが通天閣に来ることになったきっかけは、1912年(明治45年)にオープンした「新世界」の遊園地「ルナパーク(月の園)」の目玉とするため。
園内に「ビリケン堂」を造ったところ、これが大当たりし、新世界名物としてその名をとどろかせ、ビリケン饅頭やビリケン人形などの土産物も多数作られたとか。(;^_^A
「福の神・ビリケン」を七福神に加え、「八福神めぐり」というものまで流行した。
しかしこのビリケンさんは、ルナパークの閉鎖と共になんと!行方不明に…!
ビリケンさんが復活したのはそれから70年近くも経った1979年〈昭和54年〉
「通天閣ふれあい広場(現・3階イベントホール)」が出来た年。
もちろんこれは復元されたもので、ルナパークから行方不明になったものではない。
今でも、そのビリケンさんは日本にいるのだろうか…?
それとも生まれ故郷に帰ってしまったのか…
どこでも良いから、今も足の裏をなでられながら大切にされてると良いな…
たまたま新しく出来た所であれば、物珍しさで行ってしまうことはあっても、以前からある所にはめったにでかけない。
今日は「通天閣の日」
1912(明治45)年、大阪市浪速区に通天閣が完成した。1903(明治37)年の第5回内国勧業博覧会会場跡地の西半に娯楽地「新世界」を開発した際、その中心にパリのエッフェル塔を模して作られた。
第二次大戦中に金属回収のため撤去されたが、1956(昭和31)年に再建された。
私は自分の記憶する限りではこの通天閣には行ったことがない。
一度、関東の知人が「コテコテの関西が見たい!」というので、新世界方面に行ったことはあるのだけど、なんせ行ったことがなかったので、案内というよりは一緒に観光をしたといった雰囲気だった。
通天閣も前まで行っていながら上らなかった。
実は私は高所恐怖症なので、あんまり高い所には行きたくなかったのだ。
現在の通天閣は高さが約103m、展望台は91mの高さにある。
数字には弱いので、数字で言われてもピンとは来ないものの、下から見上げてあきらかに「ダメだ、こりゃ」と感じる高さだった…
ちなみに初代通天閣が建てられたのは今から約90年前で、上がエッフェル塔、下が凱旋門を模した斬新な塔だった。(見てみたかった!!)
2台目通天閣にはいくつかの「すごいもの」がある。
まず、「大時計」は日本一の大きさ。
直径が5.5mもあるらしい。
そして、今ではさして珍しくはないが、通天閣の円形エレベーターは世界初のものだったとか…
そして、通天閣といえば忘れちゃいけないのが「ビリケン」さん。
通天閣の5階展望台にちょこんと鎮座するビリケン(BILLIKEN)さんは、1908年(明治41年)アメリカの女流美術家「E・I・ホースマン」という女性アーティストが、夢で見た妖精をモデルに制作したものだとか…
ビリケンさんは、たちまち「幸福のマスコット」「福の神」としてアメリカを始め世界中に大流行。
1911年に初来日(?)したらしい。
ビリケンさんの足の裏をなでると、合格祈願・縁結び等にご利益があるのだとか。
この「ビリケン」の名前の由来は当時の米大統領のニックネームから来ているらしい。
このビリケンさんが通天閣に来ることになったきっかけは、1912年(明治45年)にオープンした「新世界」の遊園地「ルナパーク(月の園)」の目玉とするため。
園内に「ビリケン堂」を造ったところ、これが大当たりし、新世界名物としてその名をとどろかせ、ビリケン饅頭やビリケン人形などの土産物も多数作られたとか。(;^_^A
「福の神・ビリケン」を七福神に加え、「八福神めぐり」というものまで流行した。
しかしこのビリケンさんは、ルナパークの閉鎖と共になんと!行方不明に…!
ビリケンさんが復活したのはそれから70年近くも経った1979年〈昭和54年〉
「通天閣ふれあい広場(現・3階イベントホール)」が出来た年。
もちろんこれは復元されたもので、ルナパークから行方不明になったものではない。
今でも、そのビリケンさんは日本にいるのだろうか…?
それとも生まれ故郷に帰ってしまったのか…
どこでも良いから、今も足の裏をなでられながら大切にされてると良いな…