世界の企業であるトヨタグループの祖として知られる豊田佐吉氏は自動織機の発
明で有名だが、1925年(大正14年)に<高性能の蓄電池を発明した者に100
万円の懸賞金を出した>ことがある。その当時、銀座の土地・1坪・1700円で買
えた時代である。その条件は「36時間稼動して100馬力を出し、重さは60貫(225
k)、容積は10立方尺(280㍑)」であった。この電池で電気飛行機の開発を思い浮
かべていたという。条件を満たす電池は遂に現れなかったが、無茶な大風呂敷でも
なかった。当時の日本には、欧米に劣らぬ技術を持つ多くの電池メーカーがあった。
例えば、屋井先蔵(ヤイサキゾウ)氏は世界初の乾電池を発明し、電池産業の基
礎を築いた人もいる。先蔵氏のエピソードに次のこととがいわれている。
先蔵氏は高等工業学校の試験に5分の遅刻で不合格になり、この失敗をバネに
正確な電気時計の開発に没頭した。乾電池はその電源として生まれている。
「必要は発明の母」である。 トヨタ自動車は佐吉翁の夢を継いで、2030年を目
標に次世代高性能電池を開発するという。 ほぼ1世紀がかりの「佐吉の電池」に
は地球環境問題という「発明の母」が待っている。