永井荷風は日記に「右の句、境内の石碑にあり、名月や銭金云わぬ世が恋し」とある。
月の美しい秋、巨額な銭金の動くニュースが飛び交う。村上ファンドが阪神電鉄を大量に取得して、球団の
上場を提案したかと思えば、すぐに楽天がTBSの筆頭株主になり、経営統合を申し入れた。
経営学者のシューマッハーの言葉に「値段のつくものには神聖さはありえない」という。今度の場合は、片や
ファンの心、方やメディア公共性の問題だ。銭金とは水と油のいわば神聖なものが深くかかわるだけに、ともに結末は予断を許さない。
「銭金いわぬ世」はいくら恋しくともあったためしなし。これからもないだろう。
人が銭金を云う世はまだいい。困るのは、正体のわからぬ銭金が声高に、我物顔に物を言う世の中である。