ビートルズのオブラディ・オブラダなんかたまに弾くとゲシュタルト崩壊するね。

ずっと(ウン)タッ(ウン)タッでギター弾くだけだけど、現実には表の(ウン)がないわけよ。

(ウン)は皆んなの心の中にあります。

だから初心者だといつのまにかタッが表になっちゃうアルアル。

で、このタッもクセモノで、まあカッティングなんだけど

ッのキレってかその後の余韻がレゲエじゃないの。

裏の裏ってか、もっと半端なところで切って次は休符でしょ?

これぞリズムの陰影、グルーヴ感の発生源ってこういうところだよね。

そこを掴んで持続させなきゃあかんよと。グルーヴは持続力。


ちょっと前にカッティングとは何か?なんて質問があったけどさ、

そういった全体をマルッと含めたプレイっていうイメージを持ってんのよ。俺はね。

そういや気になる回答が散見されたね。

音を切るってのはスタッカートじゃねーの?と。

まあそれはそれで合ってんだけどスタッカートって楽譜、音の方だよね?

ここでお題になってるカッティングはギターの奏法でしょ。

両立してなにがオカシイのかな?

「ここ、スタッカートになってるからカッティングしよう」みたいな話じゃね?

イコールではないけどひつの手段としてそういう奏法があるよと。

まあ、音切るだけがカッティングかというとそれも極端過ぎる気がしてるから

混ぜっ返したい気持ちも分からなくはない。


ある種のリズムプレイ、パターン化されたリズミカルな伴奏、

みたいのを総称的に「カッティング」と捉えてる人が多いとは言えるんじゃないかな。

ちょっとしたアクセントとしての単発のスタッカートを弾くのをカッティングとは言わない気がするよね。