牡羊座の満月が過ぎました。満月の際には、奥底にあったものが波のように押し寄せて来るものですね。
満月だけでなく、台風による低気圧や女性の特有の時期も関係していたのか、はたまた観ていたドラマが刺激となったのか(←)、私はとても苦しい数日間でした。
どんな風に苦しかったのかというと、過去との向き合い方です。
乗り越えたはずのトラウマや悲しみがまだ存在していたりするなぁと気付き、ひたすら向き合う機会となりました。
同時に、そういったつらい経験を思い出させる波が新たに押し寄せる際、前回それを思い出した時よりも、今回までに学んだこと・知恵が多ければ、これまでとは違った向き合い方が出来ることを再確認しました。
違った見方や深い理解が出来れば、その分癒される部分が増えますからね。
逆に言うと、逃げていては、永遠に傷が残ります。
逃げていては、自分が逃げたいものが永遠に自分の中に存在し続けますし、それを思い出させるような物事を目にした時には、毎度苦痛を味わうことを繰り返すハメになります。
人間とは不思議なもので、苦痛を感じたくないから逃げる一方で、逃げるが故に苦痛を感じるのですよね(苦笑)。言わば、負のサイクルです。
とは言え、ツラいことは直視したくないのが人間です。そういう生き物なのです。
そもそも、トラウマとして設定することで物事と向き合わないのは、一種の自己防衛ですから。「これは危ないから避けろ」という命令をトラウマという形で行うわけです。
従って、専門家のアドバイスを要する程の規模の場合、個人で無理矢理向き合おうとするのは寧ろ危険なのだと思われます。
ですが、一つだけ私が経験上言えることを書いておこうと思います。
それは、苦痛を含めた、ありとあらゆる違和感や不快感の中には、自分の奥底や見えない世界からのメッセージが込められているということです。
その仕組みを簡約的に書き表すと、こうなります。
◎あなたが違和感や不快感と向き合わない→(自分や見えない世界はあなたに)気付いて欲しい→より激しいメッセージをあなたに送ってくる
◎あなたが向き合う→気付いてもらえる→メッセージの送り主もあなたも癒される=メッセージは消える
あなたが愛する人を心配して、「大丈夫?」「こうした方が良いんじゃない?」と世話を焼きたくなることはよくある話だと思います。或いは、喧嘩のような状態で、「どうしてわかってくれないの?」「私はこうだと思ってるのよ!わかってる?」なんて言いたくなるような状況もよくあることだと思います。
このように、あなたが訴えを起こそうと思う過程というのは、「現状に問題意識を抱き、解決や改善、防衛という目的を見据え、意思表示を行う」というプロセスだと思います。つまり、あなたがあなた自身やあなたの周りのために立ち上がるからこそ出て来る、良心に基づいた主張です。
ですので、そこであなたから発された言葉やメッセージが相手に受け取られると、あなたは取り敢えずホッとして安心しますよね。
その安心とは、あなたの意識下のみならず、あなたの細胞レベルでも、潜在意識レベルでも、見えない世界からの声でも、全て同じです。あなたの中にある全ては、あなたを守り、あなたを生かすために、あなたにメッセージを送りながら動いてくれていますから。
これは、万物に魂が宿るという神道そのものの発想です。それが魂なのか、意識なのか、科学は解明していませんが、どんなにミクロのスケールであっても、或いはどんなに見えないものであっても、全てに意思があるわけです。
その原理を念頭に置いていれば、例えば、頭痛や肩こり、腹痛がした時に、「あれ、考え過ぎじゃないかな」「物理的に不可能なことを無理矢理押し通そうとしていないかな」「力が入り過ぎていないかな」「何かおかしなことしたかな」なんて考えることが出来ます。
そうすると、メッセージを聞いてもらえたというだけで、心身の緊張が和らぐ人が多いものと想像します。
あなたの心身は常に、あなたへのアラート(警告)を送っているのであり、そこに気付けさえすれば、その対処はあなた次第となりますから。
もしくは、そういったアラート(警告)の存在を認識するだけでも、それによって、緊張していた・戦っていた自分に気付けることと思います。
緊張していた・戦っていた自分に気付けると、今度は、戦いや緊張の対象となっている存在に気付く機会を得ます。
もう少し掘り下げて行きましょう。
基本的に私達の身体は、脅威を前にした時に、戦う・逃げる・すくむのどれかの対応に出ると専門家の間で言われています。
その脅威にあたるものは、それが記憶であっても、実際に目の前にあって今経験していることでも、あなたの身体にとっては同じ刺激になります。「あなたの脳は、頭の中にあることと実際の経験の区別が出来ない」というのは専門家の間でよく言われている話です。
その証拠に、私達は、好きな人・憧れの人のことを考えるとニヤついたり、楽しい思い出を振り返ると顔や身体が緩んだり、腹が立ったことを思い出すとムカムカして来たり、怖かったことを思い出すと緊張したり、悲しかったことを思い出すと涙が出たりしますよね。日本人の場合、梅干しをイメージすると、唾液が出て来たり、という条件反射もよく聞く話です(笑)。
これはつまり、情報や思考を整理する脳にとっては、思い出も今も同じようにプロセスされるということなのだと私は考えます。
あなたが何かしらのトラウマを抱え続けていると、あなたの身体はそれについての情報や思考を処理しよう、あなたを守ろうと働き、結果的にトラウマに対して戦い続けることになります。これでは、なかなか休まらないことでしょう。
また、トラウマの他に、ホッと出来る空間に来た途端にドバっと疲れが出て来るような人も、外で知らぬ間に戦い続けているのは言うまでもありません。
自分の身体が戦い続けていることに気付けない人も多い世の中ですが、そこまで人間の自覚能力が落ちているというのは、悲しいことに人類の退化であると私は感じています。
そうは言っても、好き好んで退化を選ぶ人は少ないと思います。私達は、発展と共に副産物を得ている状態ですからね。
そこで、この流れの諸悪の根源はどこにあるかを考えて行きましょう。
ズバリ、冒頭から述べていますが、メッセージを受け取ろうとしない部分です。
現代社会においては、人々の共存の仕方が発展し、私達は常に規律に基づき、理性的に生きるように訓練されています。
そこで、あなたが例え様々なメッセージを受け取っていたとしても、あなたは社会から一定の理想を押し付けられ、本来非人間的な暮らしを強いられているため、それを素直に受け取れる環境にあるとは限りません。寧ろ、あってはならない、あっては困ると思って無視しようとするケースさえ日常茶飯事です。
例えば、仕事に行く前に頭痛がしたら、本来その理由を知るべきであるのに、「仕事に支障が出るから」「薬で抑えれば大丈夫だから」とその意味を無視するのは一般的ですよね。
しかし、先程も書きましたが、このような対処をされると、聞いてもらえないあなたへのメッセージは更に激しくなり、あなたは苦しむ方向にまっしぐらとなるわけです。負のサイクルです。
ですので、まずは、常に自分へメッセージが送られて来ていることに気付ける状態を作りましょう。
普段、何気なく判断していた心身の不調を遮断や無視することなく、受け止め、語りかけてみましょう。そして、その際に断言は控えましょう。
具体的には、「こうかな?ああかな?」と可能性を探ることが新たな思考回路を生みます。言い換えると、わからないからこそ、わかるようになる道を作ることが出来るのです。
「こうであるはずだ」と断言すると、それが違った際に、道が閉ざされ、あなたは無力感を嘆くことになります。科学の限界はここにあるわけです。
一方で、理屈ではない、日本に古来から存在する、見えない世界を信じる能力というのは、「どんな道筋でも受け止めてみせます」という態度であると言えます。それで、本当に普通だったら見えないようなものまで意識が行き渡り、気が付くことが出来て、ありとあらゆる可能性が広がるわけです。
見えない世界に心を開くことは、自分の限界を受け入れることです。
私達人間にわかることは限られています。それ以上の存在がこの世にもあの世にもまた違った世にもあるということを受け止めて初めて、自分の枠から出て、物事を客観的に捉えることが出来るようになるのです。
心身の不調や変化に対して、受け止めようと思っても、原因がわからないと、それで逆に不安になるかもしれません。ですが、ポイントは、理解することが目的ではないという点です。
あなたの頭の中ではわからないことでも、あなたが単純に不調や変化の存在に意識を向けるだけで、後は潜在意識が実際の処理を行い、その結果がある日突然あなたの顕在意識下でひらめきとして届くという展開がごく一般的ですから。
前提として心掛けが必要なのは、心身の不調や変化自体が「何かを私に教えようとしているメッセージなんだ」と受け取ることだけです。
そして、「メッセージを受け取ったよ、もう戦わなくて良いよ」と自分に言い聞かせて下さい。そうすると、取り敢えず、受け止めることが出来ます。そして、じっくり向き合う環境が出来ます。
問題の存在自体を否定していたら、対処のしようがありません。
まずは、メッセージによって知るべき問題の存在があることを受け止めましょう。
細かい話が難しいなぁと思う方は、「好きにして下さい!」と降伏することです。降伏すれば、戦うのをやめますから。
最後にテクニックとして一つ共有しておきたいのは、幽体離脱方式です(笑)。実際には離脱しないで下さいね!(焦)。
やり方はシンプルです。まず、自分の意識を自分を見下ろすような位置に持って行きます。自分以外の視点を想像するのです。自分が第三者として今の自分を見つめていたら、あなたはどのように第三者に映るでしょうか?
あなたのいる空間はどんな場所でしょうか。あなたはそこで何をしていますか?どんな表情でしょうか?何を考えていそうですか?何に必死になっていますか?何に頭を悩ませているように見えますか?それともリラックスしていますか?
そのようにして、自分の中から世界を見るのではなく、別の位置から自分を含んだ世界を見ると、客観的に捉える訓練が出来ます。
それによって、自分に届けられているメッセージの送り主に近い感覚が体験出来ると思います。
私がこの方法を実践すると、自分の殻の中での緊張が解け、偏った世界観から戻って来ることが出来ます。
あなた自身や見えない世界があなたにメッセージを送りたくなる気持ちや、その意味に気付けたら、きっと、学び、そして癒しが増えて、あなたは成長と進化を迎えることでしょう。
客観性は、人生を豊かにしてくれますよ。
それでは、もっと書きたいのは山々ですが、今回はこの辺で。
