こんにちは。乙女座の満月が近付いて来ていますね。乙女座の私はドキドキです♡

さて、今回も私がここの所、得ている悟りをご紹介します。

お役立て頂ければ幸いです。

 

因みに、こういった悟りのオーディオ版は、私のYouTubeチャンネルにある『家事友』シリーズで聴くことが可能です。

再生リストを作っていますので、ご活用下さい。

こちらです:https://www.youtube.com/playlist?list=PL78kHvOa1Oy7Blvmto7rNAkbSFGHsj7sF

 

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▶︎完璧主義は無い物ねだり

 

完璧主義には役立つ面もそうでない面もありますので、一概には良いとも悪いとも言えません。例えば、プロを目指すのであれば、一定の完璧主義は役に立つのかもしれません。

ですが、①自分が完璧主義である事実、②自分がどうして完璧主義に陥るのか、の2点を理解していない限り、心身の不健康や悪循環の元になりますのでお気を付け下さい。

というのも、完璧主義というのは、現状が完璧ではないことへの恐れで構成されているからです。人間は、慢性的に恐れを抱くと、常に脅威と戦っているようなストレスが心身にかかり続け、調子を崩し、病気になってしまうのです。

 

完璧主義は、基本的に無い物ねだりであり、感謝不足であると捉えることが出来ます。

目の前にある物事や自分のあり方・能力・力量に関して、「どうして、完璧ではないのだ」、「完璧にしなくちゃいけない」と思うということは、このままでは自分はダメだ(生きていけない)という不信を抱き(自信をなくし)、これからどうなるかを恐れ、コントロールしようとしているも同然です。

物事をコントロールしようとしたところで、私達は物質世界に生きている生身の人間です。コントロールが出来るのは神のみです。従って、私達人間が完璧でないことを嘆いて、自分の役割でもないのに物事をコントロールしようとすれば、今度は十分にコントロール出来ないという当然の能力不足に直面し、それを嘆き、悪循環に拍車をかけてしまいます。或いは、完璧に何かを仕上げようとする際には、不十分な所はないかと自分を吊るし上げ続けるのと同然です。ストレスのかかる、苦しいことなのです。

 

そこで、

①与えられている状況に感謝をし、無い物ではなく、既にある物に意識を向ける

②与えている状況の限度や障害を認識し、受け入れ、それを含めた上でどうするかを考える(限度や障害をコントロールしようとせずに、受け入れる)

ということをすると、工夫をする意識が生まれます。この工夫が、知恵を生みます。それによって、強く、賢く、幸せになるのです。

完璧ではないという恐れを手放すと、工夫をすることで知恵を生んだという自信自己愛が生まれます。そして、それを使って世に貢献しようとするのが、無我の愛を生むのです。自分をどんどん使ってくれ、といった感覚です。

 

▶︎我(エゴ)と無我

我は恐れです。頭で作られます。自分への自信が脅かされると考えた時に、自分を保とうとしてが出て来ます。

無我はです。心に注がれます。自分をどうこうしようという気はなく、自分はどうなっても良い、自分を使ってくれ、とにかくこれをするんだと、全身全霊が他者へ向けられる時に無我になります。人はそれをと呼びます。

 

▶︎物語とハウツー、親と子

 

最近ハウツーものの打ち出し方として、「〜する○つの方法」「〜ための‥‥」などがあります。

これでは、人は知識は付いても、知恵は付きません。その時になるほどと思うことで神経伝達物質が分泌され、賢くなった気分にはなっても、そんな気分になるだけです。頭を無駄に使うだけで、心は成長しません。

 

まず、そういったものを学ぼうとするモチベーションの出所が、それらを知らない自分への不信や自分の知識が不十分である・それを知れば悩みから解放されるのではといった、恐れであるのが一要因です。

 

この手の情報は、知識として身に付いても、ストーリー性がないので、覚えることは難しく、単なる知識として頭の片隅に置かれ、放置されます。その時は覚えていても、暫く経てば簡単に忘れます。ストーリー性がないので、思考回路が探しても連想されにくく、探知に引っかかりにくいのです。思考回路が蓄積された知識を探す時には「こういうことは前に・他になかったかな」と前提条件で探します。しかし、その手のハウツーものというのは、結果のみを共有しているので、重なる境遇因果関係を照らし合わせにくいのです。それは、エクセルでデータを作成している時に「こうであれば、この回答」といったIF関数(条件)を入力しないも同然です。ただ単に回答だけを羅列していても、膨大な回答が存在するだけで、いざという時に引き出しようがないのです。

 

人間が唯一知恵を付けてレベルアップ出来るのは、学んだ時だけです。自分が直接経験したことや、人の話・物語などを通じて疑似体験をすることで結果的に自分で経験して、学び取った時です。ストーリー性があるので、忘れにくく、思い出しやすいです。ストーリー性があるので、他の色んな物事との重なりが見えやすいです。周りに伝えていくのも簡単です。

 

最近、子育ての仕方の問題が何かと語られます。私にはまだ子供がいませんので、余り色々言う立場にありませんが、昔の人がよく言った言葉があります。それは、「親の背を見て子は育つ」という言葉です。

子供は、親の言葉よりも、親の行動をしっかり見ています。そこから色々子供なりに学び取るのです。そして、それは子供が大人になった時も同じです。

私達は、知識や言葉でなく、読み取りをすることで学ぶのです。学び取るとは、読み取ることなのです。ですから、①読み取る能力を鍛えること、②読み取る題材を用意することが大事なのです。そういう意味で、手軽なハウツーものよりは、物語や経験談の共有こそが知恵を深めたり、伝えたりするのに大活躍するのです。

 

そして、少し余談になりますが、学び取りの文化というのは、則ち言語化をしないと捉えることも出来ます。

例えば、アメリカを見てみれば、生活水準が近いために日米の文化は日本人が思っているよりもかなり近いものなのですが、それでも根本的に大きく違うのは何かというと、日本人は何でも言葉で説明しようとせずに示す民族であるのに対し、アメリカ人は何でも言葉で説明しようとする点です。わかりやすい例が、傾向的に、日本人は愛を行動で示しがちであるのに対し、アメリカ人は愛を言葉で示しがちであることでしょう。日本人が愛を感じる時、それは愛を表した物を目にする時や心で感じた時です。自分でその瞬間に読み取るのです。言葉で言われてもピンと来ないのです。

読み取ることで学び取ることを続けるからこそ、日本人の文化というのは深く、洗練されたものに形成されました。原石そのものを一人一人が磨くようなものであると言えるでしょう。

今や欧米の簡素化された便利なものばかりが輸入されていますが、それが欧米で機能しても、日本人を幸せにしてくれるとは限りません。

 

私は占いに興味を持つ今日この頃ですが、占いから学んだ一番大きなことは、全ての物を媒体だと捉える感覚です。

カードなどに占い結果として出て来ることや、突然ひらめくこと、理由はないけど確信する直感、偶然起きること(シンクロニシティ)などにメッセージ性を見出だすということは、つまり、読み取るという作業をしているということです。それを繰り返すことで、悟りが生まれ、知恵が生まれていきます。

 

読み取るという作業は、知識をポンと与えられるのと違って、自主的に行うものです。自分で行うからこそ、やればやる程ケーススタディが増え、自信が生まれ、それが自己愛へと繋がるのです。幸せになれる学び方です。共有することで、他者と共鳴出来たら、もっと幸せになれます。そういう風に私達人間は作られているのです。

 

私達はより時間を省略出来る便利なもの、刺激を与えてくれるものなどに走りがちですが、人間に生まれたからには、祖先の生きて来た暮らしに続いて、人間らしく生きることが、最も効率的なのです。

 

▶︎人生のサボタージュ、カルマの清算

 

サボりというのは、人が学校や仕事においてのみやっていることかと言えば、そうではありません。人生も同じです。

頭ではわかっているのに、出来ないことがいっぱいあると思います。それが例え自分のやりたいことであってもです。

 

どうしてそうなってしまうのかというと、それは原因が何であれ、自信が十分にないからです。

ですから、そのサボり状態を克服しようとするならば、何故自信がないのかを考えると答えが出て来ると思います。

 

人が見失いがちなサボりの原因をここでは記しておきましょう。

それは、「我(エゴ)」です。自分の存在が危うくなる、脅かされると判断すれば、人はそうさせる物事を人生に招き入れなくなります。その一つが、サボタージュです。

あなたが自分の人生を生きることにおいて、怠け者だから怠けているのではありません。自分を守ろうとしているのです。そこで考えるべきは、「何から自分を守ろうとしているのか」です。

自分にとっての脅威であると自動的に認識してしまっていることは何なのかを見極めて下さい。

 

私達は、知らぬ間に、顕在意識でも無意識でもひたすら思考を繰り返しながら生きています。遺伝子で受け継いだものもあれば、トラウマなどが原因でパターンにハマって抜け出せない場合もあるでしょう。今の時期は、過去に立ち返って、自分がその時苦しかった理由を見出だすのに最適です。カルマの清算をして、浄化させましょう。過去の自分を愛で包み込み、許し、感謝した上で、過去の思考パターンを手放しましょう。

 

サボりを克服するために効果的なのは、無我です。サボリが我だからです。

無我になるためには、まず、自分の心が躍ることは何かを調べて下さい。自分が心の底から幸せを感じられる程没頭出来ることが、あなたを無我状態にしてくれるからです。

あなたが無我になることで発電&心のチャージをしながら輝き続けることが出来たら、周りはそのエネルギーに良い影響を受けます。あなたを応援します。あなたは疲れを知りませんから、どんどん動きます。結果も出ます。お金にもなります。得たお金で周りに貢献することも出来ます。こうして、全てが好循環へとシフトします。

サボり?楽し過ぎて、サボりたいなんて頭をよぎることもなくなるでしょう。

 

ただし、気を付けて欲しいのは、頭で考えないことです。計算しないで下さい。頭は物事を天秤にかけたり、思考回路で結論を導いたりする計算機です。知識を蓄えるデータベース(倉庫)でもあるわけですが、頭は何も知りません。

例えば、よく自分は誰と結婚すべきかを頭で考える人がいます。そういう計算をすると、心が伴いません。心が伴わなければ、「愛」は生まれません。

 

思い切って、心に委ねてみましょう。心に尋ねてみましょう。心は様々な回路がくっ付いている器であり、それぞれのエネルギーが注がれるものです。ですから、心は総合的に色々なことを知っているのです。

心はまた、バロメーターでもあります。心が躍るような嬉しいことや楽しいこと、喜び、心が満たされること、身体が軽くなること、飛び上がりたくなるようなことがあなたの向かうべき方向です。

反対に、心が貧しくなること、気が重くなること、身体の力が減って来るようなことは、あなたが向かうべき方向ではありません。

頭では理解出来ないことも、心が知っているのです。

 

自分の心を満たすことは、自分勝手だと勘違いする人がよくいますが、あなたの心が躍るようなこと、あなたが自然に頑張れてしまうことというのは、それが例えどんな種類のことであれ、神様やご先祖様があなたに与えたことです。ですから、ギフト(才能)と呼ばれます。あなたが継続的にそれに取り組むことを望んだためにあなたがそれで幸せを感じるようにしてくれたのです♡

 

あなたのを、恐れベースの我(エゴ)で満たすのか、自分をどんどん使って無我状態になって愛で満たすのか。

どちらをベースにするかは、あなたの人生を左右するどころか、生死を左右します。自分を押し殺していたら、実際に死んでしまうように人間は作られていますから。

 

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そんなところです。

 

私自身も、最近特に過去の記憶がしょっちゅう色々と蘇ることが続いているため、カルマの清算を意識するようにしています。思い出すとつらいことというのは生きていれば沢山あるものですが、それぞれとの折り合いが付けば、それに消費していたエネルギーがその分あなたの喜びや幸せのためにあてられることになります。折り合いを付ける際の学びは、自他を幸せにもします。

 

何はともあれ、皆、人間です。どんなに格好付けていたって、みんな悩みや葛藤があります。学び続けるのが私達人間の宿命なのです。

そしてそれは、幸せを与えてくれるものです。

 

書き足りませんが、今回はこの辺で♡