前回の「▶︎スピリチュアル:2019年のキーワード集」で触れましたが、特に日食・月食の影響や山羊座の新月、獅子座の満月の影響が強い1月現在はこういう時です:
今まで被っていたベールを取って、自分が何者か(=アイデンティティ、キャラ)を考え、体現化していく時。本来の自分や新しい自分、もう一人の自分を登場させる時。
自分への嘘を止める。自分自身への「知」や学び。
今回は、具体的に「どうやって本来の自分を取り戻すか/新しい自分を生み出すか」について、お話したいと思います。
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ちょっと一見シリアスな導入をしますが、あなたは、自殺願望を持ったことがありますか?実は、私は短く見て10年、長く見て15年程鬱的状態にあったので、昔から何度もその願望を持ったことがあります。
※「親からもらった身体に傷を付けてはならない」という自分との約束は何とか守っていますし、身体を痛め付けたところで死に切れずに身体に障害を得て逆に今よりもっと苦しくなるのが怖くて、実際に自分の身体を傷付けたことはありません。
その時の思考はどういうものかと言うと、「生きている状態」と「命を絶った状態」を天秤にかけて、命を絶った状態の方が生きるより楽だと判断するというものです。
自殺願望と言うと、暗くて怖い印象をお持ちの方もいるかもしれませんし、勿論人によりけりとは思いますが、案外私のように楽観的な発想の人も世の中に少なくないと思っています。
そんな私は今でも、睡眠不足や睡眠の質が悪かった時、或いはホルモンバランスが崩れた時に、妙に他者に刺激されると、たまに正常な思考が出来なくなって思考回路がパニック状態になります。感情は思考から来るものなので、まずは思考を止めて、心を「無」にするよう、意識します。大抵はそれで対処出来ます。
しかし、それで収まらない場合には、よく自分の腹を包丁で刺したり、ビルから飛び降りたり、電車にひかれたりして、自分が無惨に死ぬところを何度も想像します。そうすることで、やっと自分を止められますし、暴走して何をしでかすかわからない危険な自分を頭の中で殺すことで「安心」出来るのです。え?変わっているかしら(笑)
また、エゴの清算が出来ていなかった一昔前の私はよく、十分でない・人間としてなってないと捉えていた自分自身に罰を与える意味で、自分が傷付く姿を想像したものです。脳は、想像と現実の違いがわからないと科学分野で言われています。想像するだけでも体験と同等なのです。
でも、この歳になって、私は改めてふと疑問を抱きました。
私達は、「死にたい」と思う時、どうして、「死=身体の死」を思うのでしょうか。
「身体が死ねば『自分』という存在や感覚が死ぬ」と、どうして言い切れるのでしょうか。死んでみないとわからないのに。あらゆる宗教が輪廻(生死を繰り返すこと)を謳っているのに。前世の記憶を持った子供達が世界中にいるのに。
私達が「死にたい」と思う時、私達が死ぬことで「殺したい」のは一体何なのでしょうか。
それは、あなたの「アイデンティティ」です。
あなたが何者であるか、です。
そのアイデンティティというのは、身体が死なないと死なないものでしょうか。
そうではありません。そんなに大変な作業ではありません。
あなたがこれからの自分のアイデンティティをこうだと「決心」するだけで、それ以前のアイデンティティは終わるのですから。
自分がどういう人間であるかの「設定」を自分自身で行うだけの話ですから。
私自身、この半生、何度も「リセット」を繰り返しています。
健全だった幼い頃は自然と、「夏休みが終わったら、言葉遣いの優しい人になる」「冬休みが明けたら、誰とでも仲良くする人になる」などと長期休みの度に自分に誓いを立てたのを思い出します。
他にも、よく映画などで、おとなしくオタクでファッションセンスも冴えない学生キャラが突然見た目を改善してイケイケで人気になって、リベンジするなんていうストーリーもよくありますね。
それって、つまり、言ってみれば、それまでの自分の「自殺」なのですよね(笑)。もう、そこにそういうキャラ(アイデンティティ)の自分は存在しないのですから。そんなにはっきりとした節目を持たなくても、私達の細胞は数年かけて全て入れ替わり、身体自体も永遠に全く同じ状態を保っているわけでは勿論ありません。「自分」という存在は、意識があるないに関わらず、常に破壊と再生/生死を繰り返しているのです。
もう少し言うと、例えば、いじめや過労などで死を選ぶ人達はどういう状況にあるのでしょうか。
それは、そのようなアイデンティティのリセットを「自分では行えない」と誤って判断してしまっている状態だと私は考えています。というのも、彼等は、周りからの影響などで捉え方が固まり、「自分は永遠にこういう存在/状況にあるんだ」という信念を持ち、それが揺るがなくなってしまい、本当の意味での自殺が出来なくなるからです。
彼等にとっては、周囲からの何らかの影響によって、何かしらの信念や価値観が固定されます。そして、その重荷に彼等自身が鎖で繋がれてしまいます。そこで、「自分は、何をしようとも、幾ら打開したいと願っても、一生その鎖に繋がれている」と思わされてしまうのです。その鎖が「幻」だと気付かずに・・・。「鎖に繋がれた象」の状態です。例え鎖が実際にあったとしても、本当は大きくて、パワフルで、そんな鎖は、簡単に取っ払えるのに、出来ないと思い込んでいるのです。自分のアイデンティティは永遠に不変で、ずっとその重荷に繋がれたままなんだと誤って信じ込んでしまうのです。
今の私からすると、そういう場合、本当は「死ぬ」ことに重きを置くより、「生まれ変わる」ことを現世で行うことこそが、「全ての負のサイクルを終わらせること」への第一歩であり、解放であるのに、と思わずにいられません。そういう状況にある人達を助けたいのですが、私も物理的に人間なので、万人を助けることは不可能です。ですので、「自分自身を助けられる/自分を自由に生かすことが出来る」のは、自分自身だというのが常識になって欲しいと思い、日々発信をしています。
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生まれ変わると言いましたが、「生まれる」と付いてくるのは何でしょうか?それは、「祝福」です!
「生む」までの道のりは大変です。苦しいです。痛いです。でも、生んでしまえば、お祝い出来ます!
そして、その1年後、2年後、何をしていくものでしょうか?「誕生日」のお祝いです!
私の場合は、最近で言うと、例えば、昨年2018年5月上旬に酷い体調不良に見舞われたことを受けて、誕生日を得ました。
原因は不明ですが、胃腸が滞った感じで、身体に力が入らず、立ち上がれず、まる2日間寝込んでしまい、本気で死んでしまうのではとさえ思いました。
そこで、「もし、元気になったら絶対健康的になろう」と自分に誓いを立てました。
そして、2日間経った後、復活!いきなり万全ではなかったので、いかにもという感じの復活ではありませんでしたが。
しかし、もうあんな体調不良は御免だと、その境遇を怨みたくなる程つらい思いをしましたので、「その状態には二度と戻りたくない!」、つまり、「そんな不健康な自分はもう終わりにする!」「自分は健康的な人になる!」と決心をすることが出来ました。
この決心が、リセットであり、アイデンティティの再設定なのです。本当の意味での自殺なのです。
その決心により、私は以後食生活や精神面の改善を行うことで、2015年から持病である潰瘍性大腸炎の症状の寛解をそれまでは不可能だったというのにずっと保ち、体重も4〜5ヶ月で楽に7.5キロ落とし、色んな意味で重荷を降ろすことができ、それによって体型や表情に変化が起き、内面の変化が外面の変化へと繋がることで、アイデンティティの再形成を達成しました。まだまだ、体型はスリムになったことに慣れませんが(笑)。
それは、5月10日の話です。あの日から、何ヶ月だなぁ、なんて、よく自分で振り返ってはニヤつきます(笑)
そして、面白いことに、私にはもう一つ誕生日が増えました。それは、今年の1月11日です。ゾロ目がいい感じでしょ♡
結論から言うと、生まれて初めて、髪を染めました!(笑)黒髪を貫いていた私ですが、色々な連鎖がきっかけとなって、というか、私としては見えない世界からメッセージが送られて来ていた状態なのですが、こう気付かされたのです:「自分が思っている自分と、実際の自分に差異があるでしょう」と。
「髪色」は、わかりやすい、ほんの一部でしかないのですが、私の中での自分の髪色というのは、鬱の時代は漆黒であるし、そうあるべきと思っていました。前進真っ黒というのがスタイルでしたから。
でも、精神が安定してからというもの、皆の想像に反して自分の髪色は赤茶や金髪だとどこかで思うようになっていました。金髪は外国人のイメージを見る際に感情移入し過ぎなだけでしょうが、茶色い髪のイメージは、幼い頃、実際生まれつき茶色の髪だったからです。高校時代には「お前、染めてるだろ」と先生に生活点検中濡れ衣をかけられる程で、大人になった今も、髪をかきあげると中に茶色い髪が実はあるのです。その上、何故か不明ですが、それこそ昨年頃から色んな人に「髪が茶色い」と言われるようになりました。それで、尚更、自分の中では自分の髪色が明るいイメージとなっていきました。
ですが、鏡の中を覗き込むと、どうも自分のイメージしている自分の髪色と違うとある日改めて思いました。1月11日の朝のことです。そして、「思い切って、染めてみたら?」という心の声がしました(笑)。午前中の用事のため早起きをした私は、夜明け前に鏡をまじまじと覗き込みながら、具体的に自分の髪色が明るい様子をイメージしてみました。
そうすると、身体に変化が現れ始めました。突如スーパーサイヤ人のように金髪になる・・・ようなことは出来ませんでしたが、自分自身が「高揚」していることに気が付いたのです。今その時のことを思い出しても笑顔になる程なのですが、髪色が明るくなった自分を想像して、良い歳した大人の私がウキャウキャ喜んでいたのです。そして、「これは髪を染める他に選択肢はない」とわかりました。その高揚を経験した後は、もう引き下がれなくなりました。それを「染めろというサイン」だと受け止めました。
同時に、私は何故今まで髪を染めなかったのかを自問しました。それは、父親の良い娘であるためでした。
自分自身茶髪に興味はなかったものの、今振り返ってみれば、もしかしたら父親が茶髪の駄目出しをしていたので、駄目出しをされるような娘にはなりたくない、嫌われたくない、そんな想いの下、父の感覚を「染めない言い訳」として自分にインストールしていたのかもしれません。両親が絶対的に正しいと信じていましたので。それは学生時代の話ですが、大人になっても父のルールや価値観を守っている大の大人の私がいるのを発見してしまったのです。今更反抗期ではないのですが(笑)、自分の見ている自分と外見が一致していないのであれば、そこに手を入れるのは悪いことではなく、寧ろ良いことだと大人の私は判断しました。何故なら、逆に言うと、鏡を見る度に本来の自分との今の自分の差異を潜在意識的に気付いては知らぬ間にストレスを溜めていたということだからです。
また、私自身が日頃何とも優柔不断で、10代〜20代の頃持っていた壁をぶっ壊すエネルギッシュさに乏しくなってしまっている、他者の意見を常に優先してしまっている、「鎖に繋がれた象」と化してしまっている認識があったので、「これは誰が何と言おうと今日髪を染めに行くわがままをすべきだ」と、人生初の経験を、具体的な髪色も染める工程もよく知らぬままに決心してしまいました。それどころか、実は美容院に行くお金もないままに決心しました。主人に無理を言って、工面してもらいました。いつか(?)返します!(笑)美容院の予約はまだというのに、「想像(=未来の創造)」が遥か先を行っていて、私のイメージの中では既に達成されていて、午前中の用事を終えるのがもどかしいくらいの状態でした。このブログ投稿を書く所まで想像していましたよ(笑)。1月11日という日も誕生日として気に入ったので。
そのくらい、「本来の自分自身になる」こと、「自分の決心を信じること」が、普段私達を縛ってしまう「条件」の一切を無視出来る程の吹っ切れる、爆発させてくれるパワーを持っているのだと再認識しました。たかが髪色なんですが(笑)。
そして、結果として、そんなに明るく染めはしてないのですが(笑)。
ただ、鬱の時でさえも、「自分」という「アイデンティティ」をしっかり持っていた自分を取り戻し、とても嬉しい気持ちがしています。
バカバカしく聞こえるかもしれませんが、私はこの日のことを一生忘れないと思います!
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あなたも、自分自身についている嘘がないか、確認してみて下さい。
人生でもアイデンティティでも、「実は、自分自身より人の言うことを聞き過ぎていた」「実は、ここがこう変化すると喜ぶ自分がいる」、なんてことはないですか?
ありとあらゆる条件や障害を抜きにして、本来の自分のありのままの姿や暮らしを思い浮かべると、もしかしたら今までスルーしていた大事な自分に気付くかもしれません♡その自分に今すぐなる動きを取っていきましょう!現世の時間は限られていますから。あなたには本来の自分になる権利があるのですから。
幻である鎖を断ち切り、重荷を手放しましょう。
自分らしさを堂々と発揮する方法を取り戻した私は、その感覚で、次に家や生活態度を見直し始めました。
「本来自分はこうなのに、どうしてこういう設定を守り、こういう役を演じているんだ?」「何でこう妥協しているんだ?」と自問し始めました。
1月現在は、それにピッタリなエネルギーの月です。一緒に再設定しましょう♡
もっと深く入っていきたいですが、今回はこの辺で。
※1月11日の早朝6時過ぎに自宅のキッチンに貼っている言葉を高揚した気持ちで眺めた時の写真。自分の習慣を打ち破れ、自分はパワーは持っているのだぞといった言葉達。毎日見ては刷り込んでいた甲斐がありました!
