ありがとうね
関東の部屋に戻ったのは木曜日
急遽の帰省は3日で終わり。
今回の突発の帰省の原因は母親の脳梗塞での入院だった
姉からの連絡を受け居ても立ってもいられなくなった私は
会社の上司に事の次第を報告し急遽自分の部屋に戻った
2月に亡くなった祖父も、元はと言えば脳梗塞から脳内出血、
つまり脳卒中をして他界した。祖父は私が戻った時にはもう意識がなかった。
急がねばならない
まだ母親がどういう状況が詳しくは聞いていなかった私
急いで帰郷の準備に取り掛かったが、
午後から出発した便だとどう急いでも岡山か松山で足止めされる
一泊を余儀なくされるなら夜行バスで戻ろうとJバスに連絡を入れて予約し
定刻少し前に東京駅に到着した
朝からろくに食事もしないで自宅を出発し、
東京駅で何か食べればと思っていたが八重洲口方面、
食事できる場所がなく結局何も口に入れる事なく出発を余技なくされた。
バスで13時間、松山駅に到着してその次の特急で地元へ
駅からタクシーを拾ってそのまま実家ではなく病院に直行。
いきなりで母を驚かせるわけにもいかないのでまず姉にと思い受付で呼び出してもらったのだが
どうやら今日は準夜(夕方から夜中まで)らしい、
病室を聞いてそのまま病室に向かうと母は一番通路側のベッドで横になっていた。
私の顔を見た瞬間に母は泣き始めた
前兆があり、自分から病院にいきMRIを撮りそのまま入院、
私は母が泣き止むのを待って具合を聞いた。
少し落ち着いた母親が言うには左半身が麻痺した状態なのだそうだ
脳幹という脳の中でも中枢を担う部分に梗塞ができたわけだが
入院した当時は全然平気だったらしい
ところが2日目に挽き付けを起こし、それから左半身が動かなくなったという
もし不摂生をしている私が脳梗塞なんて起こした日には
おそらくその場で取り返しの付かないことになってしまうだろう
日頃から健康に気を使っている母だからこそこの程度で済んだのだ
左半身が麻痺と言っても左の人差し指が動き、足も太ももの部分は動くらしい。
まだ発症して間もないので点滴治療をしているらしいのだが、
この点滴は血液をサラサラにする薬品、
もし怪我をしたら血が止まらなくなるという
そのため怪我をしないように絶対安静なのだ
私が安心したのは意識がシッカリしていることだった。
記憶もある。会話もできる。
無論顔面も表情は作れるし感情もある。
たとえ半身が動かなくても…
農家の方はというと父親の兄弟が手伝いに来てくれているのだという。
本来は私がやらなくてはならない事なのに
母親が眠るというので私も実家に荷物を置きに戻る事にした。
何せ夜行バスの中ではほとんど空腹の為眠れなかったので
病院で食事をして戻ると瞬く間に眠りについた
2時間程度だろうか、
山から戻ってきた父親に起こされ食事に行く前にもう一度母の所に行く事にした。
2月に見た時よりも白髪が増えた父を見、
髪の根元が白くなり始めている母を見ると私も自分の歳を改めて考えざるをえなかった
思った以上に軽症だった母を見て安心した私は
帰省報告に少し知人のお店を訪ねてその日は就寝
翌日は早くから山へ向かいみかんの収穫を手伝った。
ゴクワセと呼ばれるみかんは一番早い収穫期に相応しく小さく、
色もまだ黄色くはあまりなっていなかった。
父親と二人っきりでの収穫。
これからの私の事や家の事を少しずつ話した。
よくよく考えるとこうやって二人きりで長い時間一緒にいたのは中学以来のことだったろう。
箱一杯にみかんを入れ、それを20箱。
小さい為いくつ取ったかもわからないがそれを実家に持ち帰りそのまま選別。
農協に出す分と市場に出す分で値段が違うのだそうだが、
もうすぐ収穫が始まるワセ(早生)と呼ばれる種類が出始めると一気に値段が下がる
早めに出してしまいたいと、選別が終わると父はすぐに市場にみかんを運んで行った。
父がいない間に風呂に入り、戻ってきた父親と病院へ
母と面会が終わると姉の家に食事に行った。
それから昔働いていたショットバーのマスターが今経営している居酒屋に足を運んだ。
昔話をしながら今あの当時のメンバーが何をしているかをすこし聞いて違うお店へ。
結局その日も戻ったのは2時前ぐらいだった
3日目、あまり仕事に穴をあけるのもまずいので関東に戻る事に。
夜行で戻ろうと考えて松山に夜行の時間に合うように戻ったつもりだったのだが、
伊予鉄もJRも東京行きは予約で満席になっていた。
仕方ないので飛行機の最終便で東京羽田に向かうことに。
ロビーに入ると一通のメールが入った。
姉からのメールの冒頭に書かれていたのは
「帰ってきてくれてありがとうね」という言葉だった。
自分の母親が入院した…自分の祖父が亡くなった…
私の中での当たり前の帰省を「ありがとうね」と感謝されるほど
今まで私は実家を、引いては身内をないがしろにしていたのである。
誰の為の人生?
自分の為に実家を飛び出し、家族のために実家に戻る
今も私の中にこの疑問は解決しないまま…
願わくは、母の容態がこれ以上悪くならない事を…
遠く離れて祈るだけしかできない自分が情けなく、
そしてどうしようもなく惨めに感じている
残された時間は少ない