それでも地球は回る | ☆

それでも地球は回る

先日の件、携帯をちらちらと見ながら考えた
 

気が動顛していて間違いに気づかなかったけど叔父ではなく祖父。
 

2年前まで元気にみかんを作っていた祖父は突然倒れ、そして父親にみかん山を託した。

体調のいい時は時々山に登って段取りを父親に教えていたらしい。
 

それが26日の夜中、突然脳梗塞で痙攣を起こし救急車で運ばれたのだという。

実家の横に祖父と祖母が住む旧家があり、私の家の1階の半分はみかんの選別と車庫

祖父の車が入る車庫になっている。

 

高校時代に自転車通学をしていた私は寒くなりはじめる頃、車庫に自転車を入れる時に

みかんの選別をしている祖父と話して家に入る以外は正月ぐらいしか顔を合わせる機会はなかった。

 

予定では両親の還暦に合わせて私も実家に戻るつもりで、

その時にまた挨拶に行こうと楽しみにしていた矢先の事だった。

 

口癖は「ゆっくりやれ」だった祖父は何かにつけてゆったりした人で

人を急かしたりしている所を一度も見た事はなく、

実際に小さい頃に手伝いで山に登った時も急かされた事は一度もなかった。


高校を卒業した頃、少し腰が曲がったとは思ってはいたものの

元気なまま天寿を全うする物だと信じて疑っていなかった。

 

私の父親は6人兄弟で私の父を長男として4男2女。

これだけの大家族を養ってきた祖父だからこそ家族会議では

延命装置を使わずそのまま楽に…という決断だったのだと思う。 
 

3日ぐらい前まではずっと元気で動こうとしていたらしい。

実際に一度は起き上がって話しもできていたらしい。

昔からずっと山の事を気にしていた人だったから父親に山の現状

いろいろと聞いていたのだという。

 

ところが3日ぐらいから急速に痴呆の症状が現れ、山の事をずっと考えていた人なだけに

言う話は山の事ばかりでこれから畑仕事をするという気持ちから出る掛け声であったり

父の仕事のしやすいように作っていた垣根を作り上げないとダメとか

現状ではない事を話始めているという。

 

電話で話しした母の話だと梗塞した部分の近くにまた違う梗塞が出来初めてていて

正直に言うともう長くはないらしい。

 

私は人の死と直面した機会はこの年でそれほど多くもないし

リアルタイムでの死となると昔のバンドメンバー以外にいないのが実際の所で

遠縁の大叔母であったりの葬儀には出た事はあってもあの時はもう事後報告で

現状のように死に近づきつつあるというのは初めてで正直動揺も隠しきれていない。
 
こんな現状で仕事に来てまともな仕事ができるかと言われれば実際にはできていないし

かと言って休んで無駄に時間を浪費する余裕もない。

 

日頃大義名分をブログに書いているわりには脆い物だと自分で呆れている所で

全くもって情けない限りだったりするわけなのだが…

 

もちろん予測できる事ではないし産まれた以上はいずれ死ぬのは目に見えているわけで…

それは祖父がなくなった後も何もなければ祖母も、父も母も…順番に亡くなって行くのだろう。

 

人の死に対して強くなれるとは思えない。ただ何があっても実家では泣かないでいようと思う。

私は私がいまやれるべき事をして学ぶべき事を学ばなくてはならないのだと思う

 

現実にそう上手くいくかどうかは別として…