最低限
前に「とある方」とお話した時に私の口から出た言葉
「高望みはしない」
確かに理想を掲げるのはいい事だし目標に向かって進む事はいい事だと思う。ただ人にはそれぞれ事情っていう物があるし何もかも違う環境で育った人間同士が同じ目標に向かうというのは意志疎通の面で難しいと思う。たとえどれだけの言葉でやり取りしても相手は自分ではないのだから。 言葉が違うから戦争が起こるわけではないし言葉が同じだから戦争が起こらないわけでもない
絶対的な物が「時間」だと考えたら蓄積する事は難しく消費する事は容易い。それは良い方向に向かう事は難しく悪い方向に向かう事は容易いと言える。例えば病気、例えば貯金。
結局時間を溜めておく事ができない以上不変的な物というのは何もないのだと思う
悪循環というのは全てを一度壊さないと何も始まらない場合が多く、それは環境破壊でも年金問題でも同じだと思う。
前述とは違う人だが前に話した人は「中途半端に年金を払う人間がいるからそれに頼って事態が深刻化する、それなら皆が払わなくなり破綻させるべきだ」と言っていた。年金や保険を払う人間がどんどん減った結果若年層にかかる負担は高齢者一人に大して3人を切ったそうだ。年金を受け取っている高齢者たちは「将来の為の貯金」としての名目で若い頃年金を払っていたと思う。決して「高齢者の生活を保障する為」ではない。国が不変だと豪語していた年金制度を大多数の国民の賛同を得る事なく国が変更した事実は今の若者達に将来の不安と矛盾、そして政治、引いては国に対する不信感を助長しただけだったと思う。
私が18で就職する前にはバブルは崩壊していたのだから私より下の年齢の人たちはバブルの恩恵を何一つ受けないまま「そのバブルの恩恵を受け、堪能し、崩壊させた目上の愚者」の尻拭いをさせられているわけだ。
少子化に拍車がかかる現在に将来の自分の為と言われて将来の自分が見える若者が果たして何人いるだろうか?
景気回復一つとったところで上層部で堰き止められたお金が若い下層の本来受け取るべき人間の手元に届いているとはとても思えない。
今の若い人たちは豊かな高齢化社会という名目でその豊かな生活をしている人間を何人みているだろうか?今スーパーで万引きのトップが高齢者だそうだ。そして働けなくなり上野の地下鉄や駅にたむろしているのも高齢者である。
一部の上層部だけが潤い下層の一般庶民は悪循環を繰り返している現在、年功序列でできあがった悪循環は一度崩壊させないと好転はしないと思う。今上層部が手本を見せなければ若い人たちは矛盾の中で失望し働く事や人間関係を疎かにしてしまうだろう。
国が国としての機能を果たしていない今、自体は決して好転する事はないのだと思う
「今までがそうだったから仕方ない」ではもう通用しないのだ
そして話は戻り私は傍観者になる。私を納得させる理由ができてからもう一度話しして欲しい