元旦
元旦から仕事…(;-ω-)
いつもと変わってないと豪語しているぐらいなので違和感ありませんが
自宅から駅に、そして駅から電車で駅に…
ひ…人がいねぇ…(・ω・`;)
実家にいた頃は「お正月早々出歩くものではない」って言われましたが
よもやここまで人がいないと違う世界に来たみたいな気すらします
☆
小さい頃の私のお正月のイメージは「何もできない」でした。
田舎で元旦に開いているお店は限られている上に、当時の地元には民放が2つしかなく、
元旦はテレビすらやってなかったと思います。
お店は閉まっている、テレビは放送していない、外には出歩くな…
お年玉という大金を手に入れてももう何もやる事がなく
部屋で音楽を聴きながら漫画を見るぐらいしかできないという退屈地獄でした
そんな平和な元旦の一番の思いではバーテン時代…その時の話です。
バーテンダーって
お客さんに勧められた酒は飲むのが基本
お酒の種類なんて選ぶ権利はありません
12月31日、20時にオープンして来たお客さんに勧められたのが
70回以上蒸留した結果得られたアルコール度数は実に96度。
消毒用エタノールが80度という事を考えるともはや人間の飲む液体ではありません。
当時私はあまりお酒の事を知らず、ロンリコと呼ばれる75.5度のリキュールを使って
時々罰ゲーム用のカクテルを作る程度でした。
もちろんスピリタスが96度なんて知りませんから…
言われるままにイッキ
それでもね、なんとかカウントダウンぐらいまでは意識あったんですよ。
そしてカウントダウンがはじまり新年になり…
勧められたのがスピリタス…(;-ω-)
元旦だしという事も含めて勢いだけでまた一気…
グラグラする頭でカクテルを作り続け、運びはもう一人のバーテンにまかせっきり。
胃の中に焼けた石が残っているような感覚のままでは仕事にならないと水をガブ飲みし
トイレで水ごとアルコール分を吐き戻しなんとか仕事を続けていました。
すでに意識は朦朧としていて言われた事をする事しかできない状態にまでなって迎えた4時、
他のお店のマスターがお店を閉めて来店した所に私が満面の笑み(だったらしい)で出ていくと
事情を知ったマスターが言った言葉が
「じゃあもう一杯ぐらい
一気しとった方がええ」
(゜∀゜;)ェェェェエエエエエ
私の記憶はそこまででした。_| ̄|○
話では朝の5時に閉まるお店が7時まで延長し
顔は赤くても私はいつもどおり帰ったそうです。
実家の玄関で眠ってしまった私、
少し起こされた記憶もありますが翌日の仕事まで一度も起きないまま眠り続けました
これが始めて私が酒に飲まれてしまった時のお話…
と、話がここで終わればまだ良かったんですが~(;-ω-)
96度のウォッカを日に3回イッキしてしまった私の胃袋はその後一週間、
何も食べ物を受け付けませんでした。
何を食べても、何を飲んでもそのまま上下どちらかでスルー。
その一週間でやせた体重は実に8キロ、一日1キロ以上痩せていった計算です
よもやこんなバカな事するのは私ぐらいしかいないと思いますが
お酒の飲みすぎはほどほどに…(;-ω-)
