randomaize
今日はちょっと重いのでアホブログをご期待の方は見ない方がいいと思われます。
いや別にいつも面白いブログというわけではないんだけども…
あっ…
先日メールで
抱え込みすぎ 仲良くなっても腹を割って話しない
一線置いて後ろから話して相手を見る 信用してない
一線置いて後ろから話して相手を見る 信用してない
と言われた。
私にはそんなつもりがないので言われた事自体特別ショックを受ける事はなかったが
短期間に違う人二人に同じ事を言われたという事がショックだった
なぜそう思うのかが私にはわからない
極論から極論に一気に飛んでしまう私には
途中の過程をある程度時間をかけて吟味している余裕がないのかもしれない。
せっかちなのか?ただ、極論に移行する間に私の中では途中の過程をある程度考えて
結論を出して到達する場合が多い。
時間がかからないのはその間の過程を自分の価値観のみで進めてしまうからだと思う
小さい頃いじめられっ子だった私は昔から大きいグループに入る事が好きではなかった。
理由はまず真っ先に阻害されるから。
団体に入って優しくされた記憶もほとんどないし
学校では理由もわからないまま嫌われ、阻害される事の方が多かった。
今でもなぜあそこまでいじめられていたのかがわからないまま。
反撃しなかったからだろうか?
肉体的より精神的な苦痛に敏感だった私は
殴られる事よりも影口を叩かれる事の方を気にするようになった。
その結果学生時代はあまり人と話す事はなく、
特定の仲のいい人達としか話していなかったと思う。
中学3年生の時に身長が一気に伸びそれから苛められる事はほぼなくなった。
高校になってそれなりに体格もできてきてからも苛められる事はなかったが
一部の仲のいい友人以外と話をする以外、特に人と接しようとは思わなかった。
その頃には広く浅くより狭く深くという付き合い方を好むようになっていた。
社会人になり会社に入り、手痛い失恋や同じバンドメンバーの死に直面し
数少ない人脈の一つが消えていく事に傷心した
数少ない人脈の一つが消えていく事に傷心した
私が入った会社は日本国内でも業界1、2を争う大企業で
名前に冠が付いただけの子会社なのにバブルが弾けても当時80人の求人があった会社だった。
新人として入った当時同期の人間もやはり地方出身者が多く
私の地元からも女性が一人、それに近県からも何人もの人達が入社していた。
全く右も左もわからなかった私は自分の居場所を探すのに必死になった。
相手が話しやすいように方言の勉強をしたり
自分なりに全員に均等に話しかけるように努力していたつもりだった。
そんな中、同じ寮に住む同期の一人が会社を退職する事になった
彼は大分県の出身で私の地元からも近く、その為言葉のニュアンスも近く、
私に対しても他の人に対しても裏表のあまりない人間だった
と私は思っていた
ある夜、夜勤中に私が同期の人間Kに退職する友人の送別会をしないか?と持ちかけた。
あまりにも曖昧な返事が返ってきて退職するまでに時間がないのでもう一度問いかけると
横から1つ下の後輩が「明日じゃないんですか?」と口を出した。
その後輩を見た後のKの「しまった」という顔を見て全てが理解できた。
先に言うと私一人が皆に溶け込んでいたと思っていただけかもしれない。
他の人間から見ればその時も私は異色だったのかもしれない。
それは今でもわからない
が…
結局後から別の人間に聞いた話だと
私を昔振った女性が来るから呼ばなかったのだ
と教えてくれた。
その何年も前に終わった事として自分の中で気持ちの整理もついているのに
そんなくだらない事で呼ばれなかったわけだ
私は疎外感に弱いのかもしれない。
それからの職場は学校と同じだった。
知った顔数人とだけ話をする生活を続け最終的に居場所がなくなったと思った私は
当時から仲のよかったMやSさんに別れを告げ地元に帰る決意を固めた
地元に戻ると姉に昔連れて行かれたショットバーで働く事になった。
ろくに面白い話もできない私が…だ。
その当時ヘタクソなりに練習を続けていたギターと、
同じ歳の先輩で同じ音楽の趣味を持つNをボーカルに見立てての演奏をネタに
なんとか接客をしていた記憶がある
接客業で酒の入った客との間には少しのトラブルとたくさんの笑いがあった。
マスターや同期のバーテンダーとのバカ話は接客に役立ったし私の口下手を治してくれた。
そして
まず相手の意見を聞いて自分の意見を言う事を覚えた
その当時から自分の価値観がほぼ固まってしまっていた私は
相談され100%右の道を行こうとする人に30%ぐらいの力で左の道を勧めた。
つまり弱く反論して一方方向に考えが進み過ぎないように。
私がその人にどれだけ影響を与えられるかわからないし
私が言う道が100%正しいと自分でも思えない
ただ漠然と盲目的になって欲しくなかったというのもある。
自分の価値観にそぐわない話でしかもプライベートでの話しなら100%反論する事もあったが
仕事で客と店員という関係で相手の意見を拒否するのはダメだと思っていた。
それから約10年の年月が流れこうやって短期間に2度聞いた事で
今までの自分を考えてみたわけだけど…
人には誰にも言えないまま墓に持っていかなくてはならない秘密がいくつかはあると思う。
もし正真正銘誰に対しても1つも秘密のない人間がいたとしたら
その人はおそらく相当の愚か者かただの馬鹿なんだろう
私は自分の価値観の中で話できる事は隠すつもりはない。
だからこのブログにもこうやって何でもかんでも書いている。
こうやって細工をしているのは見たくも無いのに気分を悪くさせてしまうのを防ぐため
それと無論書いていいと思う事しか書いてないが…
生理的に合わない人間であったり
何かしらの理由があって付き合いを拒否する相手もある。
その本人が大した事じゃないと思っていても私にとっては不愉快以外の何物でもない場合もある。
その手の人に対しては何が起ころうと私は感知しないし感知して欲しくもない
私は手の内をまず最初に出してしまう。
順番に見せていくべき手の内を許せる範囲までは順不同で全て出してしまうから
最初に書いたような行を思われるのかもしれない。
もしそう思われるのであれば私はその程度の薄っぺらい人間という事なのだろう。
それでもこれからもこのまま生きていくし自分の価値観を無理に変える気もサラサラない。
それでもこれからもこのまま生きていくし自分の価値観を無理に変える気もサラサラない。
これが正直な気持ちだし弁明でもなければわかってもらおうとも思っていないから。
これが私が出せる精一杯の自分だから。
つまんない文章を書くのが私か…