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神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

見水の俳句紀行

 夏草に汽罐車の車輪来て止る 誓子

山口誓子は1933年に大阪駅構内でこの句を詠んだ。

2024年9月に「グラングリーン大阪」が開業し、かつて雑草がはえていた大阪駅引込線の跡地が広大な芝生広場に生まれ変わった。大阪の都心の一等地を芝生にする時代がやっときた。

わが阿蘇

2024年8月、息子が1週間の休暇を取り、好天気が続きそうな22日から24日の2泊3日、去年台風でキャンセルした九州の柳川と阿蘇へ家族3人で行くことにした。

阿蘇には家族でこれまで夏に3度訪ねている。

阪神・淡路大震災からまだ半年後の1995年の夏、家族で阿蘇をドライブし、駄句を詠んだ。

  八月の馬なでてゆく草嵐

  振り向けば二万世紀を抜けた夏

  火の国を行く八月の馬となり

阿蘇の全貌を望む大観峰、釈迦の涅槃像のような阿蘇五岳(根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳)、広大な草千里など、阿蘇に行くたびに癒されている。

わが家は「裏六甲」だが、2階の窓から阿蘇五岳に似た六甲の稜線が眺められる。六甲の山々を眺めながら、「今日は、阿蘇山がよく見える」というのが口癖になっている。

九 州 へ

8月8日に宮崎県で日向灘を震源とする震度6弱の地震。初の南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表され、お盆の時期にどのスーパーからも米とミネラルウォーターが消え、臨時情報は1週間後に解除されたが、米とミネラルウォーターの品薄はその後も続いている。新幹線もいつ止まるか予測できない。

  のぞみ号晩夏の村を一瞬に

8月22日の昼前、新幹線は博多駅に無事到着。昼食は福岡グルメのごぼ天うどんにした。昼過ぎに久留米駅に着く。

  駅前というには遠し街猛暑

駅前でレンタカーを借りたが、わが家とは仕様の異なる車種なので運転は息子に任せ、助手席に乗り込む。九州自動車道の南関インターへ。5年ぶりに大牟田で義父母の墓参りをし、妻の従兄妹達と再会。妻の従妹とは午後3時にファミレスで待ち合わせ、メニューにかき氷があったので、注文した。

  宇治金時爺たのしも夏氷

草木町の饅頭店に寄って草木饅頭を買い、宿泊地の柳川へ。

柳 川

みやま市に入ると海苔の工場。息子は毎年みやま市にふるさと納税し、返礼品に有明海の焼海苔を送ってもらっている。

  炎天下有明干潟海苔筏

柳川市に入ると美しい掘割が張り巡らされている。亀の井ホテル・柳川に到着。ロビーには七夕飾り。旧暦では今だった。

  鯉跳ねて岸にさざなみ星祭

3年前まではかんぽの宿だったが、温泉と料理を充実させ、和会席を手際よく運んでくる。鰻のせいろ蒸しも美味。部屋に戻り、添加物なしの素朴な草木饅頭を5年ぶりにつまんだ。優しい甘さ。

翌朝23日、郷土料理のがめ煮や野菜たっぷりの朝食をとって、阿蘇に向けて出発。

阿 蘇 へ

九州自動車道のみやまインターに向かう途中で、道の駅とスーパーに立ち寄る。

周辺は広大な田畑とビニールハウスが立ち並ぶ田園地帯。

「ぶどうの種類が多くて新鮮で安い」と妻。

「米とミネラルウォーター山積み。ここは関係ないのかな」と息子。

スーパーで格安のお茶のペットボトルを買って九州自動車道へ。

夏の雲が沸き、真っ青な空。一路南下し、熊本で高速を降りる。

熊本は今、シリコンバレーのようにIT企業の立地が進み、外国人向けの住宅も多く建てられているという。車窓から眺めるがわからない。

阿蘇の外輪山に向かって一般道を東へ。

5年前の夏は阿蘇が雨で行先を天草にした。今日はよく晴れている。市街地を抜け、建物がまばらになり、外輪山が目の前。

深い渓谷にかかっていた阿蘇大橋は2016年の熊本地震で崩落し、その後付け替えられた新阿蘇大橋を渡る。

  渓谷を越え新涼の南阿蘇

南阿蘇

今回は阿蘇の南側の道路を進む。林の中に別荘のような瀟洒な建物がちらほら見える。

南北25km、東西18kmの標高約800~1000mの外輪山に丸く囲まれた、標高約500mの盆地の中央に、1500m級の火口丘・阿蘇五岳が連なる阿蘇山のダイナミックなカルデラは、現地に来ないと実感できない。27万年から9万年前までの想像を絶する地殻変動でこの地形ができ、その痕跡は九州以外にまで広がっているという。

 阿蘇がなつかしいりんだうの花  山頭火

阿蘇の北側の盆地は「阿蘇谷」といい、豊肥本線が走っている。多くの文人や皇族が泊った内牧温泉、阿蘇神社、コロナで亡くなった志村けんの相棒のチンパンジー・パン君のいる動物園「阿蘇カドリー・ドミニオン」などが点在する。

 阿蘇古町昼しんかんと百日紅  汀女

内牧温泉街を北に登った外輪山の上に大観峰があり、外輪山の北側には、黒川温泉や北里柴三郎の生家のある小国町や「坊がつる讃歌」の坊がつる、清流の菊池渓谷、「山鹿灯籠まつり」の山鹿温泉など、浪漫を誘う観光地が多い。大河・筑後川の源流も阿蘇である。

南阿蘇の盆地は「南郷谷」。立野と高森を南阿蘇鉄道で結び、豊かな農村地帯。白川水源などの名水が湧いている。

阿蘇への旅は5度目になるが、南阿蘇は1974年以来50年ぶり。

1974年8月、就職した22歳の夏、阿蘇に行った。

テントと寝袋を持って一緒に行った高校の野外活動部の友人2人はまだ理系の学生だった。

山陽新幹線は岡山以西が未開通で、神戸から阿蘇の立野まで夜行列車で17時間かけて到着。高森の根子岳の麓に「鍋ケ平」というキャンプ場があることを聞き、とうもろこし畑の続くローカル線で高森まで行き、赤牛の放牧されたキャンプ場で山登りなどしながら2日間テント生活。

標高が600m以上あるので、日中は暑かったが、日が暮れるとよく冷えた。

3日目にタクシーを呼び、中岳の火口を見て、駅に向かい、19時間かけて神戸に戻った。

 

ガイドブックを見ていた息子が、

「昼食は蕎麦にしよう」

といい、カーナビで人気店に向かう。ひたすら田舎道を走っていると、突如、蕎麦屋が出現。店構えや雰囲気が良く、値段も手頃で、美味しい蕎麦だった。

  南郷谷村の外れに蕎麦処

「道の駅あそ望の里くぎの」で休憩。外輪山の裾に広がる大農村地帯にあり、雄大な阿蘇五岳を南側から眺められる。

今日の宿泊地は南阿蘇の東端、高森にある国民休暇村・南阿蘇。チェックインを16時半にしているので、まだ時間がある。

高千穂

高森から外輪山を南東に抜けると宮崎県で、40分走れば高千穂町。高千穂神社や天岩戸神社、絶景の高千穂峡があり、人気の観光地である。

                                      

鬱蒼と茂るスギやヒノキの森や山村を抜け、渓谷のそばにある道の駅まで行き、橋の上から足のすくむ深い渓谷を眺めた。道の駅には天岩戸を開けた手力男神の大きな石のモニュメントが置かれていた。

  雲の峰手力男神巌となる

根子岳

高森に戻ってきたら、16時半。国民休暇村・南阿蘇にチェックインして、温泉に浸かり、阿蘇五岳、50年前にキャンプした根子岳を眺める。

根子岳は阿蘇五岳の東端の山で、頂上がギザギザに尖り、釈迦の涅槃像の顔部分になっている。キャンプ場は残っていて、木陰を作り、放牧された赤牛が入り込まないよう柵を設けているようだ。

夕食はビュッフェ。係の人は焼きたての山女魚の串焼きを勧める。赤牛やだご汁、地元の野菜や果物が並んでいるが、まだ夏休みで宿泊客が多く、料理の追加が忙しそう。

  名水の山女魚焼かれて身はほろろ

部屋に戻って手を洗うと、標高600mなので、水が冷たい。

翌朝、24日も好天気。国民休暇村・南阿蘇を出発する。

  高岳にかかる薄雲さわやかに

草千里

中岳の噴煙の見える草千里まで車で一気に登り、駐車場に止める。

この数十年、人間の社会はめまぐるしく変化し、人は皆齢を重ねた。が、ここの景色は10年前、20年前、30年前と変わっていない。

 もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう

三好達治(1900-1964)は「大阿蘇」の詩でこう書いた。「阿蘇」の「蘇」は、よみがえる、の字を当てている。阿蘇は悠久の昔から復活・再生を繰り返してきた。

二百十日

  漱石の二百十日の大嵐

神戸に帰って1週間後、大型台風10号が九州を縦断し、激しい嵐が吹き荒れた。夏目漱石は熊本で4年間教師をし、後に「草枕」、「二百十日」の小説を書いた。

「二百十日」は阿蘇登山で台風に遭う話で、漱石は実際に経験している。

阿蘇はこれから秋が深まり、厳しい冬を迎える。

 雪嶺を連ねて阿蘇の火山系  誓子

2024.9 mimizu