
新潟――アートと俳句ひとり旅 2020/新潟・湯沢・十日町
新潟行きのアイベックス71便は、ビジネス客で70の席はほぼ満席だった。約60分のフライトで村上春樹の短篇「品川猿の告白」を再読した。『一人称単数』からその30ページ分をコピーしたもの。旅という“虚”に入るにふさわしい作品だ。9時10分、空港に着いた。あいにくの曇り空で、気温15度を切っている。2020年10月30日(金)である。
47都道府県のうち未踏の4県、茨城、埼玉、新潟、宮崎のうち、ユニークな美術館があればと調べたら、十日町市に越後妻有里山現代美術館キナーレがあり、また今年は地域に散在する現代アートの見学バスツアーがあると知り、新潟行きを決めた。コロナ禍だが、GoToトラベルに押されたともいえるひとり旅である。

新潟といえば、江戸後期のベストセラー『北越雪譜』をまず思い浮かべる。著者鈴木牧之は越後国魚沼郡塩沢の人。雪国の風俗、暮らし、方言、産業、奇譚を綴った挿絵入り本である。
その中に芭蕉は、新潟行脚で「海に降る雨や恋しきうき身宿」、寺泊で「荒海や佐渡に横たふ天の川」という句があるが、これは夏秋の旅で、越後の雪を見ていない、と。近年にも越後に遊ぶ文人墨客はあまたあれど、秋の末には雪をおそれて逃げ帰る。ゆえに「越雪の詩哥もなく紀行もなし。稀には他国の人越後に雪中するも文雅なきは筆にのこす事なし」とある。
そこで当方は、この晩秋の旅で雪は未だ早いが、雪の句をつくるつもり。魚の沼、湯の沢、どんづまりの妻有(つまり)といった半年は雪に沈む地の名が旅を呼ぶ。
まずは新潟への挨拶句。
へぎそばと越(こし)のどぶろく雪よ来い

新潟駅前からバスに乗り、朱鷺メッセへ向かう。これは万代島にある県のコンベンションセンター。31階の展望室から市内や日本海を一望し、5階の県立万代島美術館へ。ここではフィンランドのセラミック・アーティストであるルート・ブリュックの「蝶の軌跡」展。昼は、近くのにぎわい市場ピアBandaiまで歩き、「新潟鮮魚問屋港食堂」でいか刺身、いか肝煮つけ、する天などイカづくしの定食を食う。
信濃川にそって万代橋まで歩く。格調高い万代橋は重文、全長300mを往復し、水上バスの乗り場付近でぼんやりする。
さて芭蕉だが、新潟ではほとんど句を作らなかった。なにしろ新潟県北部の村上市から南の糸魚川市まで約200キロの間(といえば新神戸~名古屋間に相当)に3句だけである。
文月や六日も常の夜に似ず
荒海や佐渡によこたふ天河
一家に遊女もねたり萩と月
俗に「越後路十日越中路三日」というが、芭蕉は雨にたたられたりして14日を費やした。この3句は、実際の景色や出来事を詠ったものでなく、創作らしい。越後路には「風騒の人、心をとどむ」歌名所も風流の地もなかったせいだ。
新潟駅は在来線の連続立体交差化など工事中。駅ビルCoCoLoの店舗は、数か所に分散しているため分かりにくい。ここでは「ぽんしゅ館」という越後の酒蔵を全部集めて唎き酒ができるという酒処新潟ならではの店がある。500円でお猪口とメダル5枚、ずらり並んだ唎き酒マシーンから好みの地酒を選ぶ。その後「魚沼釜蔵」で南魚沼の八海山を呑んで夕食。宿は駅南のアートホテル。

翌10月31日(土)。上越新幹線とき310号で越後湯沢駅へ、約40分。今回の旅の目的の第一。この地で大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレが開催されている。今年はその年ではないが、「大地の芸術祭オフィシャルツアー・プレイバックパート1」という現代アート見学バスツアーがある。ネットで全国のイベントの参加受付を請け負っている渋谷狐社(仮にそう呼ぶ)に18日前に申し込んでいた。主催は地元の観光協会の妻有熊社(仮にそう呼ぶ)である。
集合まで少し時間があるので10分ほど歩き主水公園の「雪国碑」を見る。川端康成自筆の碑で「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった 夜の底が白くなった」と刻まれている。
トンネルを抜けて湯沢は雪催い
襟立てて下車す遠山眠りたる
息ころし駒子を待てど雪女郎
10時に越後湯沢駅東口を出発したバスは、まず清津峡渓谷トンネルをめざす。この渓谷は岩礁と清流の観光地だが、トンネル内にアートが仕掛けられている。続いて廃校の体育館をリニューアルした磯辺行久記念越後妻有倉庫美術館「SoKo」、樹齢百年のブナの木が林立する美人林、里山科学館キョロロ。
まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」は、ユニークな建物。このなかに里山食堂があり、13時、ようやくの昼食は、主婦がつくった家庭料理。地元の山菜や農家が育てた野菜、そしてもちろん魚沼産コシヒカリ。

バスの車窓から点在するアート作品群を見た。
当方が期待したのは、草間弥生の花のようでも蜘蛛のようでもある「花咲ける妻有」、パスカロ・マルティン・タイユーの百本を超える巨大な色鉛筆が吊るされた「リーバス・シティ」。敬愛する内田繁の4本足の茄子のような椅子がランダムに配置された「境界の神話」。
さらに、ジェームズ・タレル「光の館」。タレルといえば、香川直島の「南寺」。安藤忠雄設計の建物内のインスタレーションの“恐怖の闇”の衝撃が忘れられない。しかしこの「光の館」は趣きが違う。瞑想のためのゲストハウスで、宿泊して光と向かいあう建物だ。
最後は越後妻有里山現代美術館「キナーレ」へ。体感できる常設展示作品も多い。17:30、越後湯沢駅着、解散。まさに大地のアートづくしの1日だった。
われときてアートをせんや青蛙
グラフティかアートか大地に雪女
騙し絵の穴から出でし雪女郎
騙し絵の棚田を照らす百の月
凍土からにょきと花生え蜘蛛となる
凍土やにえんぴつ百本なに書かん
JR上越線から北越急行ほくほく線、約40分で十日町市駅。駅前の「志天」という食堂に入り、カウンター席に腰を下ろす。地酒は松乃井酒造の「松乃井」、魚沼酒造の「天神囃子」。雪かき丼を注文。エビ、小柱、蟹、蟹みそ、シメジ、エノキのかき揚げに大根おろしをのせたもの。
片隅に酔えば雪来る妻有郷
十日町五尺の雪や酒二合
風花す今日の御宿は十日町

19:30旅館清水屋へ。ビジネスホテルではなく、この家族経営の旅館を予約したのには理由がある。じつは機内で再読した村上春樹「品川猿の告白」が関係している。
思いつくままに一人旅を続けていた「僕」は、群馬県(新潟ではない)の某温泉の小さな旅館で、年老いた猿に出会う。街外れのただ古びているだけの宿で、そこに住み込み風呂の世話や掃除をしている。「僕」はその猿とビールを飲みながら語り合う。
小さい頃から人間に飼われ、そのうち言葉を覚えてしまったという。かなり長く東京品川区の無類の音楽好きの大学の先生宅におり、先生に合わせてブルックナーが好きだという。「はい、七番が好きです。とりわけ三楽章にはいつも勇気づけられます」
このあたりから村上ワールドに引き入れられる。そして愛について、猿が私見を語り始める。
だが紹介できるのはそこまでで、後半はそれから5年後の話だが、あっと驚く展開というかオチが用意されており、未読の読者のために口をつぐまざるをえない。
十日町駅で小さな旅館を選んだのは、こんな「品川猿」との出会いを期待したわけではないが、地元旅館の女将に訊ねたいことがあった。

じつは十日町市には興味があった。以前読んだ三浦英之『水が消えた大河で――ルポJR東日本・信濃川不正取水事件』のその後について、知りたかったのだ。
これは信濃川中流域に、JR東日本がつくった発電用ダムにかかわる地域住民、地元自治体の戦いのてんまつを描いたノンフィクションである。
90年、信濃川沿いにJR東日本の新しい発電所が完成し、十日町市にある宮中ダムで大量取水が開始されると、信濃川中流域は一気に干上がり、慢性的な水滴れ状態に陥った。JR東日本はダムの「過大取水、過少放流」を行っていた。
「水路式」と呼ばれるダムでは一度水を抜いた後、高度を失わないように導水管で数10キロ下流へと運び、約50メートル以上の高低差がついたところで水を一気に落下させて発電機を回す。上流側のダムで抜いた大量の水を遥か下流側の発電所付近で吐き出す仕組みを採っているため、ダムから発電所までの約63キロの区間では、水は川ではなく、地中に埋め込まれた導水管の中を流れることになる。
そのため、上空から眺めてみると、川がダムで寸断されて姿を消し、水が涸れた川となり、数十キロ先で急に「復活」したように見えるのである。
舟を操って魚を捕ることも、子どもたちが川で泳ぐこともできなくなった。魚が死に、流域周辺の井戸が滑れ、人びとが心の拠り所としてきた雄大な信濃川の大河の風景が姿を消した。人はその場所を「水が消えた大河」と呼んだ。
このため地域住民、十日町市など自治体とJR東日本との長い戦いが始まるのである。
本書初版は10年前に書かれたものだが、かつて歩いて渡れるところもあった信濃川宮中ダム付近はその後どうなっているのか知りたかったのだが…。
11月1日(日)、駅のそばの観光案内所で“里チャリ”という電動自転車を借りて、市内見物。市博物館で特別展「縄文の遺産―雪降る縄文と星降る縄文の競演」を見る。長野県茅野市所蔵の国宝の土偶「縄文のビーナス」と、十日町市所蔵の国宝「火焔型土器」の競演である。
つづいて情報館という名のインスタ映えする閲覧室をもつ図書館をのぞく。さらに里チャリを進め、妻有大橋付近の信濃川に出る。新潟市の万代橋から見た大河がここに続いている。子どもの広場である水防高水敷公園辺りを散策する。
散策しながら、旅も終わりに近づき、芭蕉の越後路の3句を思い、芭蕉に倣って3句をつくった。
霜月や常の夜に似ず越の酒
冬銀河越によこたふ信濃川
こぼれ萩哀れ止まざる遊女の碑
宮中ダムまで行きたいが、なにしろ十日町市は、人口5万、面積590キロ㎡。(ちなみに神戸市は人口150万、六甲山の裏側の広大な田園地帯をふくめて面積557キロ㎡)。東京へ電力を送る山々の稜線に高圧線鉄塔が立ち並ぶ風景も見なかった。

ふたたび十日町駅から六日町駅で乗り換えて北越後湯沢駅。構内の「越後十日町小嶋屋」で、へぎそばの昼食。
朱鷺色の列車待つ間の走り蕎麦
花火上がる走るアートの上越線
12時44分発とき453号で新潟へ。これが噂の「現美新幹線」。車両6両がすべて現代アートである。外観デザインは蜷川実花が長岡の花火を描いている。
11号車、カーテンに作品が浮かび上がる指定席。12号車、鏡面ステンレスを通して見る景色。13号車、くつを脱いで遊べるキッズスペース。14号車、怪峰・K2の岩と雪の世界。15号車、新幹線の振動で揺らめくオブジェ。16号車、透明な民家とヤドカリの出会い。それぞれ違うアーチストが担当している。(*現美新幹線はその後2020年12月20日に運航終了した)
先に村上春樹「品川猿の告白」のラストは紹介できないと書いたが、だが旅も終わりに近づいた。そこで「品川猿」とまったく関係のない「渋谷狐」や「妻有熊」の話でも……。
現代アートのオフィシャルバスツアーがあると知ったとき、主催者からバスツアーの予約受付を受託している「遊び予約サイト」の渋谷狐社へ申し込み、また、新潟空港までチケットと2泊分の宿泊を某トラベル予約した。出発の17日前である。
ところが出発の3日前に渋谷狐社から予約不成立の連絡がきた。クレジットカードの認証エラーが発生し、本予約は不成立、再予約希望の場合は直接主催会社に連絡せよ、との文面だ。午前2時のメールだが、朝7時に気づいた。カードが使えないというトラブルは初めてのことで、たぶん入力ミスか転記ミスだろう。とにかく渋谷狐社に連絡を取ろうとしたが、営業は10:00~とある。しかもどこにも電話番号が記されていない。すぐにメールで返信した。あわせてツアーの主催会社妻有熊社にも、あらためて口座番号を記し、参加意思ありのメールをした。
渋谷狐社は、「数日時間をいただく場合も」と返信があったが、数日といえば出発に間に合わない。某トラベルとの間にはすでにキャンセル料が発生している。出発3日前である今日の午後5時まで妻有熊社から連絡を待つことにした。5時まで待ったが、音沙汰なし。フライトとホテルを解約した。電話があったのは、その36時間後である。この地は本物の熊が出没するらしいが、まさか熊のようにのんびりした観光協会の対応に出会うとは思わなかった。キャンセル料が5桁になっていた。
というわけで未踏の新潟への旅は、潰えた。それは同時に全47府県制覇の夢が消えたことでもある。

妻有の半年は棚田を耕し、雪の半年は機を織る。そのONとOFFの暮らしの断片を知ることもなかった。
雪くればONからOFFへ妻有郷
古里は雪にまどろみ朧なる
里山も深山もフェイク雪の中
『奥の細道』では、新潟の記述がほとんどなく、旅行記としては「光」が当たっていないため、後世の観光業者泣かせだという。越後路には「暑湿の労に神(しん)をなやまし、病おこりて事をしるさず」とある。芭蕉に倣いて……。
越後路や事をしるさず温め酒
(了)
*写真は観光協会等地元のHPから借用させていただきました。末尾ながら記し感謝申し上げます。