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神戸RANDOM句会

シニアの俳句仲間の吟行・句会、俳句紀行、句集などを記録する。

   

   最近やや体調がすぐれなかった神戸RANDOM句会の大恩人の中作清臣さん

   (以下「播町さん」)が、急変され2022年6月23日に亡くなられました。

   81歳でした。心からお悔やみ申し上げます。

播町さんの神戸RANDOM句会全作品

神戸RANDOM句会は、今年の4月で20周年。句会が楽しく続いているのは播町さんのおかげというほかありません。

句会は、第4回須磨寺かいわい雨中吟句会から春秋年2回開催し、神戸RANDOM句会のブログに実施記録を残すルールに。そして、「句会では必ず新しい試みを一つやろう」と、播町さんは毎回ユニークなアイデアを提案。新たな遊びに挑戦し、句会はいつもワクワク感に満ちていました。コロナ禍の巣ごもりのリモート句会でも精一杯遊びました。

20周年記念句会も、全員で楽しく祝おうとアイデアを巡らせましたが、播町さんは体調をくずされて欠席。2カ月後に帰らぬ人になりました。

句会のブログには、播町さんの「第1句集・水の家(ブログ版)」、「第2句集・繭の坂」や独自に行かれた東北への俳句紀行等もアップされていますが、20年間に36回開催された神戸RANDOM句会での播町さんの作品を以下に列挙します。

 

第1回 春らんまん有馬湯けむり句会 2002.4.13  61歳(=播町さんの年齢、以下同じ)

花に添ふ一筆ねねに参らせそろ

馬場さんの一蹴り千本桜散る

湯の坂の春の匂ひのせんべ食ふ

少年になって炭酸水の夏

湯に癒すやうな言葉も春愁ひ

 

*第2回 篠山「花の木」フレンチ句会 2003.7.26  62歳

廃家消へ堀の蓮は溢れをり

篠山の夏オルガンの音やまず

源氏の間の奥は闇の間蝉しぐれ

 

*第3回 伊賀上野BANANA句会 2004.10.30  63歳

ここかしこ芭蕉さんいる伊賀の秋

二之町の辻にひと待つ秋驟雨

秋霖の寺町寺の六つ七つ

 

*第4回 須磨寺かいわい雨中吟 2007.4.22  66歳

夏は来ぬ西尾屋敷に祝婚歌

木の上に木のあり塔も青葉して

若葉雨仏師座興の一弦琴

葉桜や木の下のことはや悔やむ

山桃や須磨を起点の縦走路

 

*第5回 伊丹探鳥忘年句会 2007.12.9  66歳

鴨の子の羽搏(はう)ちて前へ進まざる

逆上りせよと囃されかいつぶり

冬空をなほ低くするゆりかもめ

寒禽の翔び立ち影を残しけり

柿衛に冬鵙(もず)をきく昼下がり

 

*第6回 源氏千年紀・石山寺句会 2008.4.19  67歳

行く春の近江のみほとけ頬ゆるめ

落花しきり寂聴源氏巻の三

春惜しむ縁なき源氏に花咲かせ

夏立つや風の色濃き近江瀬田

句座果てて瀬田あみ定のしじみ汁

 

*第7回 明日香村句会 2008.11.23  67歳

日脚伸ぶ撫で肩の山明日香川

冬暖か老々男女飛鳥寺へ

即売の大根(だいこ)の泥も明日香かな

秋天にたじろがざるもの石舞台

小春日の御簾の奥なる太子像

柿一つ空に残して明日香村

 

*第8回 龍野句会 2009.4.4  68歳

まさかこの花見句会に雨女 

花冷えへ向かう龍野の小径(こみち)かな

格子戸を開ければ花散るせせらぎぞ

桜ふぶくわがロスタイム酔の中

揖保川や花も料理もうすくちで

 

*第9回 明石taco句会 2009.11.15  68歳

はふはふの明石焼てか着ぶくれる

昼網のガシラは美味し燗熱う

階(きざはし)を一二一二の七五三

子午線をtacoがよこぎる秋日和

小春日のくにうみの島浮きあがる

 

*第10回 有馬湯けむり句会 Arima Again 2010.4.4  69歳

酔うものに花、湯、優勝、まさかの恋

苔むすもかわいく咲いて糸桜

湯宿へのバス待つ木椅子花の塵

足湯してねねになりきる花の鬱(うつ)

ひとひらは脱力系として落花

みみたぶもまぶたもタブー春の闇

 

*第11回 神戸駅前フォト句会 2010.10.24  69歳

新酒酌みハーフの孫を祝いけり

泥酔に終る再会秋祭

どんぐりや熊に出会つてさあたいへん

紅葉も黄落もなく朽ちにけり

旧職場見過しており秋日和

 

*第12回 桜乱舞 王子動物園句会 2011.4.16  70歳

百獣の檻から檻へ花の塵

ベビーカーコアラパンダもお昼寝中

猛吹雪但し桜のと予報士が

花吹雪阪急各停先頭車

花冷えの路を昼餉へ急ぎけり

 

*第13回 布引ハーブ園句会 2011.10.30  70歳

登り吐息降り溜め息山粧ふ

秋草の名一つ覚え一つ買ふ

秋思ありカフェテラスにハーブ茶を

ハーブ茶やシンプルライフインオータム

夜ならば一千万弗花野ゆく

 

*第14回 ちょっとセレブな夙川句会 2012.4.7  71歳

老桜の水吸うてなお華やげり

川ヲ見テ空見テ春ノ愁ヒカナ

一刷毛に夙川を染む桜かな

花冷えの川跨ぐ駅へ橋三つ

入学の子と母と父花堤

 

*第15回 しあわせの村句会 2012.11.25  71歳

鵯(ひよ)鳴いて山のあなたは空ばかり

乗り継いで裏六甲の冬日向

鵯日和金川先生好々爺

枯木立風が押してる車椅子

朱の屋根の連なりシェスタ似合う村

 

*第16回 相生牡蠣喰えば句会 2013.2.1  72歳

 ―欠 席―

牡蠣焼いて涙一滴加えけり

 

*第17回 夏の絵手紙句会 2013.6.17 72歳

句をつくり絵をかき苺めしあがれ

キッチンの真昼の闇のさくらんぼ

きらいすきうそほんとすきさくらんぼ

七色の嘘の終りの紅あじさい

あじさいの剪られて藍のさらに濃く

 

*第18回 天王山もみじ句会 2013.11.19  72歳

見渡して冬麗と云へば今でせう

桂宇治木津の三川四温かな

「猪デマス」まっしぐらかもしれず

短日の男ばかりがなお苦吟

秋寂ぶや宿三笑にすこし酔ふ

 

*第19回 淡路福良人形句会 2014.4.15  73歳

くにうみの島縦断す春疾風

旅人の古希を過ぎればみな遍路

渦潮や人形よよと哭き給ふ

玉葱が甘くて淡路で栄養士

やぶ萬の少酌で良し鯛麺に

 

*第20回 国宝太山寺句会 2014.11.28  73歳

鐘鳴れば紅葉散るなり太山寺

冬晴れへ苔むす石の屹立す

坐す阿弥陀もみじと塔は朱を競う

仁王門に仁王立ちして懐手

いつからが晩年足湯に湯冷めして

 

*第21回 森林植物園・弓削牧場句会 2015.6.29  74歳

あじさいの繚乱どれを選ぼうか

あじさいやパレットの青混濁す

奴ふう生チーズ旨っ梅雨晴間

牛の尾のひねもすのたり山の夏

緑陰を賜わり後期高齢者

 

*第22回 魚崎郷ほろよい句会 2015.11.6  74歳

ほろ酔いや桜も菊も古酒なれば

当り障りなき話しして秋うらら

燗熱う六甲颪来る夜は

生一本祭りの酒も亡き父も

よき色に酔うたつもりが末(うら)枯れて

 

*第23回 夏の神戸ワイナリー句会 2016.6.12  75歳

だらだらと起伏の丘や青ぶどう

梅雨晴間笑うひまわり絵付けして

バーベキュー噂話はひろげっぱなし

ワイン眠る虹美しき地に生まれ

三百の樽の眠りて蔦茂る

 

*第24回 明石海峡スケッチ句会 2016.10.24  75歳

エンジンの音騒がしき島渡船

秋日濃しむかし夢見し灯台守

秋空へ釣糸投げる代休日

海の碧(あお)秋天の蒼(あお)橋渡る

橋描いて空と海とに秋の色

 

*第25回 北野工房寄り道句会 2017.4.27  76歳

門扉閉づ煉瓦厩舎や花蘇鉄

ハッサム氏たゆたう館つつじ燃ゆ

絵付けして春の光のこぼれ落つ

春暑し蒼氓の地にイペ咲いて

画家の居ぬ坂にキャンバス日永かな

 

*第26回 神戸開港150年句会 2017.11.6  76歳

タワーほど足長き人霧笛呼ぶ

港のむかし鳥瞰すれば鳥渡る

ついきのふの艀溜りに冬鴎

望郷も追慕も秋の港ゆえ

今朝の冬波にちゃぷちゃぷ遊覧船

 

*第27回 初夏の舞子海岸句会 2018.5.10  77歳

巨大なる橋桁てふてふ渡るのか 

孫文の休息の地や海市立つ

夏涛(なみ)やむかし革命というロマン

ジャズライブにパティシエもいて夏館

泡立ちしワインの白も立夏かな

 

*第28回 湊川まちぶら句会 2018.11.11  77歳

魚屋の向い魚屋水を撒く

老々の売り手買い手や秋茄子

覗かねば見えぬ川あり秋の声

先人の技の隧道秋日濃し

水溜りのゆらぐ灯りに寒さあり

 

*第29回 城下町尼崎句会 2019.5.18  78歳

寺町や経唱ふやうな蝉を待つ

花しゃうぶ古刹とはいへ煉瓦塀

寺町を抜けて色町五月闇

夾竹桃炎えて生まれは尼やねん

尼城の令和に聳え帰省かな

 

*第30回 御影ハイカラ建築句会 2019.10.30  78歳

行く秋の昭和を醸す酒どころ

新酒酌む男老いても凛として

先生は福寿ブルーの今年酒

冷し酒神戸憂える一語あり

築百年秋気に澄みてモダンなる

 

*第31回 夏のおうちde句会 2020.8.15  79歳

布引の水や旨しと冷奴

休-延-止-不-閉-縮-粛なお炎暑

コロナ禍の些事も大事も端居かな

 

*第32回 秋のおうちde句会 2020.11.16  79歳

対面の母窓越しに秋惜しむ

マスクしてひいふう密よコロナや苦

熱燗や雪ひらひらとはらはらと

 

*第33回 春のおうちde句会・三木吟行 2021.4.30  80歳

夕虹の夢の続きの遺作かな

神の地やサリーの少女汗光る

ネパールの寂光まとう春ショール

漱石の膝に「吾輩」春眠す

独り居の母にデリバリー桜餅

海峡をてふてふ渡るドローン追ふ

 

*第34回 2021夏・俳句日記句会 2021.8.5  80歳

夕涼や止まり木にママひとりいて

片陰にチャリンコ人生ひ・と・や・す・み

千万のテレビの醒めて夏五輪

句読点多きはがきや夏休み

無為にして地球は縮む無月かな

 

*第35回 淡河本陣マスク句会 2021.11.29  80歳

冬田なか淡河疎水の水迅し

天高く落城の址寂として

豊助の湯気立つ蒸篭待ちに待つ

釜飯の火を熾すとき山眠る

第六波までの束の間映えランチ

 

*第36回 祝20周年・有馬句会 2022.4.25  81歳

-郵便参加-

湯の町に足湯だけして春惜しむ

母に似てきたと云われし桜かな

耕やせばわが老いの身に萌ゆる句が

せせらぎに風の歌聴け夏近し

悪童の老いて落花の句座三たび

 

≪注≫

播町さんの句には、新・旧かな遣い両方使われています。播町さんらしく句に合わせて新旧を選んでおられたと思われるため、そのまま掲載させて頂きました。

 

播町さんを偲ぶ

句会の各メンバーから追悼文・弔句が寄せられました。

感謝を込めて さようなら 播町さん   つきひ

★令和3年11月29日、『淡河本陣マスク句会』に参加したメンバー数名、とっぷり暮れた三宮で淡河から乗ったバスを降りる。

『今日は飲み会しないと約束したので、ここで解散します』と播町さん。一抹の寂しさを感じながらそれぞれ帰路についた。

播町さんの声を聴くのも、顔を見るのもこの時が最後となった。

  マスク句会が終の句会にならうとは

★見水さんの心のこもった追悼文募集の文章に私流に付け加えると

何をするのも、スマートで早く出来上がりは完璧。精密機械のような人だった。

冷たく見えて随所に温かさがあった。

播町さんのエッセイにも登場するニューコロナの千津子ママに訃報を知らせた。ママの第一声は『うそやろ?』

播町さんが親友の急死を詠まれた

「秋時雨ほんまやねんなと喪服きる」を思い出した。

  皆涼し遺されし句も振る舞ひも

★播町さんの書評ブログ「気になるフレーズ」が更新されなくなって久しい。気になるフレーズに『・・・・も堪能した』と書いてある。訃報を聞いて以来、私には『この世も堪能した』と読めた。この世でしたいことはし尽くしたお幸せな生涯だったに違いないと思った。

次は、宇宙ですか?あの軽やかな足取りでもうスタートされましたか?

  届くかも気になるフレーズ銀河から

 

ほんたうに月と砂漠と駱駝かな 播町  一風

播町さんが亡くなられた。まことに残念である。

思えば私より6歳上、仕事に、飲み会に、旅行会に、俳句会…に、もう50年来のことになる。仕事に、遊びに、何でも綿密な計画をたて、常に完璧なまでに物事を進める人であった。特に読書歴はものすごく、デザインを勉強していたというから、遊びの資料をつくるのもうまかった。唯一、運動を一緒にしたことはあまりないが、それでも、サイクリングして瀬戸内海の島へ渡ったこともあった。

「ほんたうに月と砂漠と駱駝かな」平成11年(1999年)、播町さんと私と女性3人の5人でツアーに参加して、敦煌、西安を訪れた時の播町さんの句である。これを表紙にA4版13ページにわたる記録にまとめ、旅行反省会で配ってくれた。

あの敦煌のまち「敦煌賓館」で一緒に酒を飲み語った、そして「泣沙山月牙泉」で駱駝に乗った。懐かしい記憶である。

人前で唄わない人であったが、何時の時か「今度飲む時はカラオケボックスで最初からやろうか」と約束もしていた。果たせずじまいとなった。

いっぱい思い出はある。また語るときがくるだろうか。

ご冥福をお祈り申し上げます。

 

「ランダム」残し花の浄土へ旅立たる  さくら

ランダム句会が生まれた有馬、継続20年を祝った有馬、

その祝いの席に産みの親でありリーダーの播町さんは

出句でのご参加でした。

まさか、別れの句会になろうとは…

 

その多才ぶりはランダム句会でも十分発揮され、

常に皆が喜び楽しむ企画を提供して下さいました。

ランダム句会で多くの事を学ばせて頂きました。

最高のリーダーでした。

ありがとうございました。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

明日香村句会の播町さんの句  弥太郎

2008年11月23日、神戸RANDOM句会の吟行地は、奈良県明日香村だった。

秋晴れに恵まれ、参加者(11名)は、楽しく山野をウォーキング。

  秋天にたじろがざるもの石舞台  播町

最高得点。圧倒されそうな巨石の石舞台古墳を見て、素晴らしい表現だった。

 

昭和40年の「エスケープ作戦」  

今は、播町さんが亡くなられて喪失感で一杯です。

さて、播町さんとは、残念なことにご一緒に仕事をすることはありませんでした。しかし、広くて狭い市役所の中、早くから存在に気付いていました。

定年退職後、だっくすさんのご紹介で、句会に入れてもらい、年2回ほどの句会で、播町さんにお世話になりました。この句会は、つきひさんを筆頭に、女性陣に圧倒的な存在感があり、男性陣の多くは、「句が無ければ最高の会だ」といつもぼやきながら、播町さんをはじめ素敵なメンバーに恵まれて楽しんでいます。

十何年か前、明石の県立図書館の閲覧室で、パソコンの前の播町さんを発見‼昼ご飯を御馳走になりました。

ここ2年ぐらいは、コロナ禍で、句会もリモートになり(私はアナログの郵便で、見水さんにご迷惑をかけています)、やっと昨年の秋、北区淡河の旧本陣で句会が開かれました。播町さんらと淡河城跡を散策。句会では、播町さんの前に陣取りお話が出来たのは、今となれば運良く、いい思い出になったと、しみじみと思いだされます。

今年の春の有馬での句会は、体調がすぐれないと欠席されました。その時、播町さんに渡そうと思っていた物がありました。それは私が市役所に入った時に貰った、昭和40年2月20日発行の「厚生だよりNO.4」です。実はこの中に教育委員会庶務課の中作さん(播町さん)の「エスケープ作戦」という短編作品が、星新一ばりのショートショートが掲載されていますので写真で紹介します。

 

再会の叶はぬままに梅雨深し  どんぐり

2020年コロナ禍のおうちde句会の後、播町様より私の句を書き添えられた絵手紙が届きました。なんと粋な素敵な絵手紙と、とても感動しました。その後この句がおうちde句会のトップになったと知り、私にとって忘れられない一句と絵手紙です。ランダムでの20年間、いつも暖かく迎えて下さり感謝に堪えません。本当にありがとうございました。

  自販機を押せば涼しき声もして

ご冥福をお祈り申し上げます

 

播町逝く夏悲しみよりも唖然とす  ひろひろ

『俺が希望した淡河句会、寒くても行くよ』 最後の句会やった淡河句会。

有馬句会、姿見えず残念。帰って電話するも、咳込み苦しそうな播町さん。

願い空しく、2022.6.23黄泉の世界へ旅立たれた。残念無念 播町さん。

  快復の望み届かず蒼天へ  

  八十一歳妻に看取られ天の川

  播町さん悲しむ句友梅雨最中

  ランダムの追悼句会夏最中

 

先輩 ありがとうございました  へるめん

高校生になってウキウキ気分で、同じ中学から来た仲良しの子と「部活どこ入ろう」と話し合って「めるへん」という雑誌にあこがれて、雑誌部に入部しました。その雑誌部の二年生に播町さん(中作清臣さん)、中田伸一さんがおられました。楽しい高校生活でした。

それから八十歳になった今日まで、近くから 遠くから 永い間 本当にお世話になりました。

ドジで 生き下手な私にも、端的な助言 そして暖かくピュアな生き様を見せて下さいました。

自分でも気付いてなかった私の心の奥を思ってくださって、心救われた事も何度かありました。

私の方からは なんのお返しもできてない ドジなままの後輩でした。

最後の方では ランダムの仲間に入れていただいて 楽しゅうございました。

もう あの播町さんが おられないなんて―――。  寂しいです。

  ビール飲んで「ほなな」とお別れしたかった

  薄暑光チャリ颯爽と別府の浜

  ファッション美術館夏大空に千の風

ご冥福を心よりお祈りいたします。

奥様はじめ ご家族の皆様 ランダムの皆様のお悲しみ お察し申し上げます。

 

逝く人の思い出深し夏吟行  蛸地蔵

播町さんについての思い出は尽きることがありません。

中でも全くの俳句の門外漢を指導して、句会に参加でき楽しい時間を過ごさせて頂いたことに感謝しています。

播町さんの楽しい人柄に接し温かい御交誼ができました事に心から御礼を申し上げます。

書きたい事柄はまだまだありますが、まとまりがつきませんのでこの辺で筆を擱きます。

心からのご冥福をお祈り申し上げます。合掌

 

播町さん 大変お世話になりました  ろまん亭

市役所の先輩として、また俳句の先輩としても、お導きいただきありがとうございました。

賀状はいつも俳句でうずめられていて、ちょっと私にはわからない点もありましたが、さすが播町さんの句だと感心したものです。

お酒にもよく誘っていただき、いろいろ楽しい話を聞かせていただきました。

天国でも、お友達を集めて、楽しい話をしてあげて下さい。

本当にありがとうございました。合掌

 

追悼・感謝  稲村

6月上旬播町さんに電話をしました。「芸術文化団体 印南野半どんの会」という私が代表を務める団体の総会・講演会が6月25日に予定されており、いずれも会員である岡村二郎さん、柳本波平さんが出席されるので、播町さんも来られませんかというお誘いの電話である。

「調子がよくないのでこの前の有馬句会も行けなかった。家から出ないことにしているので悪いけど欠席する。よろしく言っといて」 「調子が良くなり、コロナが収まったら3年ぶりに三宮でいつもの有志で懇親会やりましょう」 「そうやね」 病状がそれほど進んでいるのを少しも知らずの電話だったが、これが最後の会話になった。

6月24日楠公会館で市役所採用同期の会「虫の会」が開催され、私の向かいに座っていた元教育長の鞍本さんが 「中作さん(播町さん)元気にしとってんやろか。よろしく言っといて」 その日の夜、翌日も自宅へ電話したがつながらなかった。6月26日奥さんから電話 「何度も電話頂きながら出なくてすみません。じつは主人は23日に亡くなりました」 「ええ!」 と絶句。

すぐ柳本波平さんに電話。6月27日二人で自宅を弔問。玄関には柳本さんの奥さん富子さんの絵と川瀬さん(へるめんさん)の書が飾ってあり、祭壇には本人お気に入りという68歳頃の元気でにこやかな顔の写真。奥さんと暫く思い出話し。追悼と感謝。

播町さんとの思い出はなんと言っても播町さん、波平さん、私の3人編集長で雑誌「RANDOM」を発行しようと誘われたこと。これは現在も続く「神戸RANDOM句会」の活動につながっている。楽しい会に誘って頂いたと今も深く感謝。

印南野半どんの会の機関誌 『印南野文華』 にも度々投稿いただきました。例えば 「100歳という生き方、そして播州弁のこと」 「高齢者予備軍の百日白書」 「老いるということ-引用句辞典-」 「神戸八景」 「高齢者予備軍の遊び探し『RANDOM』始末」 「水の旅 盛岡・宮古」 「別府港散策」 「エチゴツマリ・フェイクジャーニー」 など。特にありがたかったのは、2016年2月「印南野文華の検討課題10項目」という提言をいただいたこと。少しずつ実現していきました。まさに核心を突く提言で会の発展に貢献いただきました。感謝しかありません。

 

梅雨明けて印南野からの千の風  見水

6月28日に梅雨が明け、六甲連山に白雲が湧き強い南風が吹いた。播町さんの風だと感じた。

播町さんとの出会いは、2つ目の職場の1980年。播町さんは隣の係の係長さんで、周囲から慕われ上司から一目置かれる存在。翌年度に係長試験を控え、慣れない仕事で四苦八苦しているのを見かね、ときどきランチに誘っていただいた。ある時、一風さんたちと播磨町のお家に呼んで下さり、「気心が通じる年齢差は10歳までやけど、一生のつきあいやで」、と28歳で自費出版された詩集「陽の弧」を渡された。

 その後、仕事でご一緒することはなかったが、ときたま職場に訪ねて来られ、2001年に播町さんは定年退職。句集「水の家」を頂戴した。2002年に始められた高齢予備軍の「遊び探し」マガジン・RANDOMに、「もう50歳やろ、あんたもどう」と、句会とイラスト描きに参加。以来20年、RANDOM句会を通じて楽しい日々を共にした。

一風さんと当方に届いた有馬句会欠席のメールが播町さんからの最後のメッセージになった。

「体調に不安があり、出かけて迷惑をかけそうなので、欠席いたします。記念すべき20周年なのに本当に残念です。今年はコロナに加え、ロシアーウクライナ戦争で、しかもヴィッセルもタイガースも不振で、いいことがない。だからこそ皆さまと楽しみたかったのですが、断念します。なお、句会には「郵便」参加をOKしていただきたく、一風氏あて「5句」投句を郵送します。これまで2回の有馬句会では、皆さんの名句、佳句が不思議に多くうまれました。当方、体調がよくないと、しかも吟行なしでは、句も不振ですが、そこはまあ記念句会ということでお許し願います。」

人にやさしく自分にきびしく、こんな素晴らしい方に出会えて本当に幸せでした。

 

最後のフレーズ

播町さんは、神戸市職員として神戸ファッション美術館準備室長や須磨区副区長を務められ、最終のポストは神戸市立中央図書館長。通信教育で司書資格も取得されました。

完全フリーとなった63歳の2004年から読書三昧の生活。ノンフィクション中心の書評「気になるフレーズ」のブログを開設され、60代後半には1日1冊連続1,447冊読破を記録。「1960~2010年・傑作ノンフィクション100選」や「発掘本・再会本100選(未完)」も編まれ、播町さんが日々綴る書評ブログは、播町ファンには何よりのサプリでした。

が、79歳の2020年3月に「わがブログ、終わりの時」を宣言し中締め。2021年12月の「2021年傑作ノンフィクションベスト10」が最後に。ブログには3,700の書評が検索できる「気になるフレーズ全索引」と、含蓄深い「高齢力 引用句辞典」が残されています。

播町さんは、

 この「高齢力 引用句辞典――リタイアからエンディングまで」は、ブログを終わる

 にあたっての“記念品”である。これまでのブログで紹介した約3,500点の本の中から、

 約530点を選んで編んだ「読む辞典」である。読むだけでなく、会話や文章に引用さ

 れることを意図したものである。

と書き、辞典の最後に選んだフレーズは、西山厚さん(1953~、奈良国立博物館学芸部長を経て、現在、帝塚山大学文学部客員教授)の次のフレーズでした。

 1008  死ぬとは

 死ぬとは、先に亡くなった一番大切な人にまた会えること。

 大事なのは、その時まで生き切ること。久しぶりに会うのだから、いろんな話をしてあげない

 といけない。暗い話はだめ。喜ばれない。

 素敵なみやげ話をたくさん持っていくために、その時まで精一杯生き切るのだ。

 ■西山厚『仏教発見!』講談社・2004

このフレーズどおり、播町さんは、素敵なみやげ話をたくさん持っていくために、精一杯生き切られました。 懐かしい人たちに、もう会われましたか。

(2022.7 編集/ mimizu)