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【読書レビュー】「世界は分けてもわからない」

10月後半はみんなに負けじと須々木です。

たまには読書レビュー(と見せかけた独り言)でも。








世界は分けてもわからない (講談社現代新書)


※リンク先(Amazon)でプロローグまでは読めます。




買ったのはわりと前だったのですが、しばらく放置していたのを最近ようやく読みました。

福岡伸一氏の本としては、『生物と無生物のあいだ』(2007年に第29回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)、2008年に第1回新書大賞を受賞)を読んでいて、これがまた非常に面白かったので、今回の『世界は分けてもわからない』も本屋で冒頭を読んでからとっととレジに通しました。

ジャンルとしては、なかなか説明しづらいのですが、科学エッセイ・・・なのか?

筆者は生物学者(分子生物学専攻)であり、本書も分子生物学をメインに据えて話が展開していきますが、小難しさはほとんどなく、むしろ良質な文学作品を読んでいるような洗練された表現が印象的です。

あとは、個人的に見出しのつけ方が面白い。

各章のタイトルも、その中の小見出しも、科学者の書いたものとはなかなか思えないうまさがあります。




--目次--

プロローグ パドヴァ、ニ〇〇二年六月

第1章 ランゲルハンス島、一八六九年二月

第2章 ヴェネツィア、二〇〇二年六月

第3章 相模原、二〇〇八年六月

第4章 ES細胞とガン細胞

第5章 トランス・プランテーション

第6章 細胞のなかの墓場

第7章 脳のなかの古い水路

第8章 ニューヨーク州イサカ、一九八〇年一月

第9章 細胞の指紋を求めて

第10章 スペクターの神業

第11章 天空の城に建築学のルールはいらない

第12章 治すすべのない病

エピローグ かすみゆく星座

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目次を目で追っただけでわかると思いますが、時代も場所もかけ離れた場所にどんどん飛んで行くのは、筆者の特徴の一つなのでしょう(『生物と無生物のあいだ』もそうだった)。

もちろんサイエンスに馴染みのある人も良いと思いますが、個人的には、全然馴染みのない人にお勧めです。

※ただし、先に『生物と無生物のあいだ』を読む方がより良い。




   *   *   *





イタリア北東部の街、パドヴァ。

バスに揺られ、車窓に青々と育った作物をのぞみながらはじまった物語は、第1章で唐突にランゲルハンス島に至る。

村上春樹のエッセイ『ランゲルハンス島の午後』の一節を引用してはじまるが、これはいわゆる“島”ではない。


ランゲルハンス島とは、動物の臓器の一つである膵臓の中でグルカゴンを分泌するα細胞(A細胞)、血糖量を低下させるホルモンであるインスリンを分泌するβ細胞(B細胞)、ソマトスタチンを分泌するδ細胞(D細胞)および膵ポリペプチドを分泌するPP細胞の4種の細胞からなる細胞塊である。(wikipediaより


簡単に言えば、ランゲルハンス島とは、僕等の身体の中にある“島”。

1869年にパウル・ランゲルハンスが発見した、膵臓の中の一部位(細胞塊)につけられた名称です。

第2章では、ヴェネツィア・・・に行くと見せかけて、ページをめくるとそこはロスアンジェルス。

そこで一つの絵画が登場しますが、読み進めるうちに、ようやく、プロローグのパドヴァから、ヴェネツィアに向かった理由が明らかになる。


そして、須賀敦子著『ザッテレの河岸で』の足跡をたどる。

ヴェネツィア島のはずれ、ザッテレ。

ザッテレを散策し、「インクラビリ」と名付けられた水路を見つけた須賀氏の足跡をたどる。

インクラビリ。不治の病。

治る見込みのない人たちの水路。




話は、章単位ではなく、より細かい単位であちこちに飛んでいく。

しかし、読み進めるうちに、それらがより深層でつながり合っていることが見えてくる。

小さな糸のつながりを見つけたときの、ハッとさせられる感覚は、さながらミステリー小説。



特に、第8章以降のスペクターに関するくだりは秀逸(史実を知らずに読むのがオススメ)。

大学研究室という、極めて閉鎖的で特異な環境の中で起きた“出来事”を、抉るような臨場感で描いている。

緊迫感にあふれている。

あまりにも劇的である。

しかし、読後に爽快感はない。

それは、これらがすべて現実に起きた出来事だからである。

ともすれば、Yes or No、数式で白黒はっきりつけられそうな理系の現場における、本当の人間の姿が描かれている。

もっとも割り切れそうな世界に確かに存在する、もっとも割り切れない何か。

治すすべのない病。インクラビリ。

その“何か”から何を学ぶべきなのか?

そのような問いを投げかけることで、本書は読者のもとに次のストーリーをつないでいるように感じる。

微視的に語られていたすべては、読者に受け継がれる。




そして筆者は、物語の終わりにこう語る。

「世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからないのである」と。

世界を分け続けることを求められる分子生物学者でありながら、こう語らずにはいられない。



かくして、散らばったストーリーはひと時ひと所にまとまった。

そして生まれたのは、やはり、明快な結論ではなかった。










sho