過激的な宗教といえば、イスラム教がすんなりと浮かぶ人が多いでしょう。しかし、それは鞭打ちや石打ちなど過激的な場合のみです。ユダヤ教も、キリスト教も、仏教も、過激的だと、現代からみれば遅れた思想になり、野蛮な思考になります。
 また過激的な思想は宗教だけではありません。たとえば、この人はこうだからすべて抹殺するべきだとの変な概念にとらわれる人もいます。
 また過ぎた愛国心で、他の国はどうでもよいのだ、いきすぎた富国強兵など、恐ろしい思想にもなりうるのです。もちろん、防衛のためには今以上のシステムの強化などは必要です。しかし、愛国心も大切ですが、度が過ぎるとそれは排除の思考にもなり得ます。
 
 ただ、普通に過ごす過程で、日常の一部として個人が勝手に宗教などを取り入れるのは別です。それを家族や友人にすべて押し付けるのはよくありません。思想は自由です。
 思想の押し付け合い、強要は洗脳でもあります。また過激な思想になる人もなにかに洗脳されているかもしれません。そうならないためには、普段から他者を思いやりながら自分で物事を考えることです。そうすれば相手国を攻撃しよう、すべてを奪っていこうなどという思想には陥りません。武器も持たない、戦う意思もない人たちを襲い殺すのは、一般人で言い換えれば立派な犯罪です。国であれば虐殺になり、歴史に残り代々語られることでしょう。
 神様という存在は、どれだけ信仰心の厚い人でも虐殺を認め応援したりはしません。もしその人に神様の声が聞こえるのであれば、ただちにやめよと助言します。